表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

第17話

 入り口の引き戸とガラスの残骸が、土煙を上げて店内に散らばっていた。

 『久遠堂』の入り口は無惨にもこじ開けられ、そこから紫色の不気味な光が差し込んでいる。


 その光を背に、五つの黒い影が店内に侵入した。


「…………」


 無言の圧力。

 彼らは一糸乱れぬ動きで扇状に展開し、その手に握られた銃火器型の魔導杖を構えた。

 全身を覆うのは、漆黒のタクティカルスーツ。

 表面には血管のように赤い魔術刻印が明滅し、フルフェイスのヘルメットが表情を完全に隠している。


 その中央。

 部隊長と思しき男が一歩前へ進み出た。

 機械的な音声が増幅され、ヘルメットのスピーカーから響く。


『対象を確認。久遠リナ、およびその関係者一名』


 感情のない声だった。

 まるで事務処理を行うかのように、男はリナに銃口を向けたまま告げた。


『貴様が保有する「簪」の即時提出。および、身柄の拘束に応じろ』


「なっ……!?」


 声を上げたのは、リナではなく佐伯だった。

 彼女は埃まみれのスーツを払いながら、敢然と兵士たちの前に立ち塞がった。


「あなた達、どこの所属よ!? 私は内閣府直轄・対ダンジョン特務機関の佐伯美香よ! そんな命令、政府からは出ていないわ!」


 佐伯は懐から身分証を取り出し、突きつけた。

 だが、兵士たちは微動だにしない。


『拒否権はない。貴様らは秩序を乱す危険分子と認定された。抵抗する場合は、即時排除する』


「無視!? ちょっと、聞いてるの!? くっ、通信が……!」


 佐伯は舌打ちをした。

 手元の端末は依然として『圏外』。

 紫色の結界による強力なジャミングのせいで、救援を呼ぶこともできない。

 

 (装備を見る限り、魔術協会にも属さないダークギルドの非公式実働部隊……いえ、それにしては技術体系が異質すぎる。科学と魔術の融合技術なんて、まだ実用化されて間もないはず……!)


 佐伯が混乱する中、兵士たちの魔導杖が唸りを上げた。

 銃口に高密度の魔力が収束していく。

 

 『カウントダウンを開始する。3、2……』


 一触即発の空気。

 佐伯が死を意識する状況で、しかし、場違いな声が響いた。


「ねえ叔父さん」


 リナだった。

 彼女は恐怖するどころか、どこかワクワクしたような、あるいは待ちきれないような表情で、湊の袖を引いた。


「これって『敵』だよね? お店のドアを壊して、土足で上がってきた悪い人たちだよね?」


 湊は嫌な予感がして、眉をひそめた。


「まあ、状況的にはそうだが……」

 

「じゃあ、遠慮しなくていいんだよね?」

 

「おい、ちょっと待てリナ。あいつらは……」


 湊は言いかけて止めた。

 彼の「霊視」は、兵士たちの異質さを捉えていた。

 彼らの体内を巡っているのは、通常の魔力だけではない。

 

 もっと人工的で、ドス黒い何かが混じっている。

 だが、それが何か思い出せない。

 下手に触れれば汚染される可能性がある。

 そう警告しようとしたのだが――。


「修行の成果、試していいってことだよね!」


 リナの耳には届いていなかった。

 彼女の脳内での認識は完了していた。

 

 目の前にいるのは「強盗」。

 そして自分は、叔父さん直伝の「陰陽術の基礎」を覚えて強くなった。

 

 牛鬼のような化け物相手にはビビっていた彼女も、人間相手なら「なんとかなる」という謎の自信が漲っていたのだ。

 リナは、体に霊力を巡らせる。


「いっくよー!!」


 リナが床を蹴った。


 バキィッ!!


 踏み込みの衝撃だけで、築数十年の『久遠堂』の床板が悲鳴を上げ、ささくれ立った。


「あ、こら! 床が抜ける!」


 湊の悲鳴もまた、届かない。

 リナの体は、既に弾丸となって飛び出していた。


(……あれ?)


 飛び出した瞬間、リナは違和感を覚えた。

 

 遅い。

 何もかもが、スローモーションに見える。


 銃口を向けてくる兵士の動作。

 魔力が充填されていく光の輝き。

 佐伯が驚いて口を開ける様子。


 それら全てが、水の中での出来事のように緩慢だった。

 

 (牛鬼の攻撃に比べたら、止まってるみたい……!)


 無理もない。

 リナは先日の牛鬼戦から更に修行を重ねている。

 湊との組み手も行うようになった。

 

 人間が機械の補助を受けて動く速度など、欠伸が出るほど遅かった。


 『女を狙え!』


 先頭の兵士が引き金を引こうとした。

 だが、その指が動くよりも早く、リナは彼の懐に潜り込んでいた。


「そこ! 隙だらけ!」


 リナの声が弾む。

 彼女の目には、兵士の胸元にある装甲の継ぎ目が、まるで「ここに拳を打ち込んでください」と言わんばかりの弱点に見えた。


 ――丹田に力を込める。

 ――拳に霊力を流す。

 ――敵を、弾き飛ばす!


「はぁっ!」


 リナの右掌底が、兵士の下腹部に吸い込まれるように突き出された。

 中国拳法で言うところの「震脚」と共に放たれた一撃。

 リナの中でのイメージはあくまで軽く当てただけだった。


 ドゴォォォォォォォン!!!


 重厚な打撃音が、狭い店内に炸裂した。


「ガハッ……!?」


 兵士の口から、苦悶の声が漏れる。

 

 直後。

 物理法則を無視した現象が起きた。


 リナの掌底が直撃した下腹部の複合装甲板が、まるでアルミ缶を握り潰したかのように、クシャクシャにひしゃげたのだ。

 装甲に施されていた防御術式が、ガラスのように砕け散る。


 衝撃はそれだけでは終わらない。


 ズドンッ!!


 兵士の体は砲弾のように真後ろへ吹き飛んだ。

 その背後にいた二人の仲間を巻き込み、ボウリングのピンのように跳ね飛ばし、店の奥の壁に激突してようやく止まった。


 ガラガラガラ……。

 崩れ落ちた棚の商品と、三人の兵士が重なり合い、ピクリとも動かない。


「…………は?」


 佐伯美香は、眼鏡がズレるのも気にせず、あんぐりと口を開けていた。


「嘘……でしょ……?」


 彼女は分析官でもある。

 一目見ればわかる。

 あの兵士たちが装備しているのは、最新鋭の強化外骨格だ。

 戦車砲の直撃すら耐える物理防御と、中級魔術程度なら無効化する対魔術障壁を備えているはずだ。

 

 それを、素手で?

 魔力強化のオーラすら纏っていない、ただの女子高生の掌底一発で?


「強化外骨格を……生身でスクラップにしたっていうの……!?」


 佐伯の常識が、ガラガラと崩壊していく。

 国家機関が数十億をかけて開発している装備が、路地裏の喧嘩でゴミのように破壊されている。



「ってて……」


 リナは手をぶらぶらと振った。

 殴った感触は、思ったよりも硬かった。


「あれ? でも、意外と脆い? 牛鬼より全然柔らかいけど……」


 リナは首を傾げ、壁際で煙を上げている兵士たちを見た。

 彼らの装甲はひしゃげ、内部の回路がショートして火花を散らしている。


「お店の床の汚れの方が、よっぽどしぶといかも」


 リナの素直な感想だった。

 この店の床の「澱み」は、霊力を込めて何十回も擦らないと落ちなかった。

 それに比べれば、この人たちは一回拭いただけで飛んでいってしまった。

 つまり、汚れレベルとしていうなら「弱」だ。


「……おいリナ」


 湊が呆れたような、しかし少しだけ感心したような声で言った。


「お前、今の手加減なしだろ。死んでたらどうするんだ」

 

「えっ? だって叔父さん、組手したとき、まだまだって言ったじゃん!」

 

「人間相手に霊力を使う奴があるか。……まあ、あいつら『人間』かどうかも怪しいがな」


 湊は倒れた兵士たちを一瞥した。

 装甲が割れた隙間から、赤い液体ではなく、黒いオイルのようなものが漏れ出している。

 やはり、まともな人間ではない。

 改造兵士か。


『脅威レベル、修正。対象A、近接戦闘能力、測定不能……だと』


 残った二人の兵士が、狼狽したように後ずさりした。

 彼らは、目の前の少女を「女子高生」から「Sランクモンスター相当の化け物」へと再定義していた。


「あ、まだやる気?」


 リナは拳を構え直し、ニッと笑った。

 その笑顔は明るく、健康的で、そして致命的に危険だった。


「次の技、試してみようかな?」


 リナが一歩踏み出すと、最強の特殊部隊であるはずの兵士たちが、恐怖に駆られたように震え上がった。


 実戦形式の「大掃除」。

 それは一方的な蹂躙劇として幕を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんばんは。 リナちゃんパワーアップし過ぎィ!? 幼稚園に行く位の年齢で何度も死にそうになる戦いを潜り抜けて来た孫○飯並みの、スパルタ実戦教育(?)の成果が花開いた訳ですなぁ…。
いつも楽しく読んでいます!、おじさんの店を荒らした強盗(とリナさんは思っている襲撃者)+自らの腕試しがしたい=リナさん暴走という流れが美しいですねぇ~。 襲撃者や佐伯さん(政府)が気になりますが、おじ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ