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第16話

「単刀直入に言います」

 

 古びた『久遠堂』のカウンター。

 少しよれた高級スーツを身に纏い、髪を振り乱した佐伯美香は、鬼気迫る形相でテーブル越しに迫った。

 

「あの『簪』を、国に提供してください」


 彼女の瞳は血走っている。

 三時間に及ぶ「久遠堂」との格闘の末、ようやく辿り着いたのだ。

 手ぶらで帰るわけにはいかない。

 

「あれは国家防衛を左右する重要物資です。Sランク変異種を一撃で消滅させる出力、現代魔術の防壁を貫通する干渉力……。あれがあれば、日本のダンジョン攻略は劇的に進歩します。対価は惜しみません。言い値で買い取ります」

 

 佐伯は一息にまくしたてた。

 対して、カウンターの奥に座る店主、湊は、煎餅の袋を開けながら気のない返事をした。

 

「無理」

 

「即答ですか!?」

 

「あれは姪っ子にあげたもんだ。所有権はリナにある。俺に言われても困るな」

 

「では、リナさんに交渉させてください!」

 

「やめとけ。あれは気難しい。あいつが許した人以外が触れれば、良くて呪われて、悪けりゃその場で灰になるぞ」

 

 湊はバリボリと煎餅を齧った。

 

「大体、国に渡してどうする? 研究材料にして分解するか? それとも量産して兵器にするか? どっちにしろ、あの簪の中身……管狐の白雪が黙ってないぞ。永田町が火の海になるのがオチだ」

 

 佐伯は言葉に詰まった。

 確かに、あの白い狐の力は未知数だ。

 制御できなければ大惨事になる。

 ならば、プランBだ。

 

「……わかりました。では、あなた自身が国の研究機関に所属してください!」

 

 佐伯は身を乗り出した。

 

「あなたは、失われた『陰陽術』の使い手とお見受けします。その知識と技術を、国のために役立ててください! 特別顧問としてのポストを用意します。年俸は……そうですね、基本給で五千万。成果報酬は別途支給でどうですか?」

 

 破格の条件だ。

 普通の探索者なら、靴を舐めてでも承諾するだろう。

 だが、湊の返答は冷ややかだった。

 

「嫌だ」

 

「なっ……! ご、五千万ですよ!? しかも国家公務員としての身分保証付きです!」

 

「公務員なんて真っ平ごめんだ。朝起きて、満員電車に乗って、上司の顔色を窺って、書類の山と格闘する……想像しただけで蕁麻疹が出る」

 

「特別顧問ですから、出勤は自由裁量で構いません! 専用車もつけます!」

 

「それでも嫌だ。俺は隠居したいんだよ。誰にも邪魔されず、日がな一日古本を読んで、眠くなったら寝る。そういう生活がしたいんだ」

 

 湊は心底めんどくさそうに溜息をついた。

 

「俺にとっての重要事項は、国家の存亡よりも、俺自身の安寧だ」

 

「くっ……! この国難の時に、なんて自分勝手な……!」

 

「自分勝手で結構。そういう話なら、帰ってくれ」

 

 湊はハエを追うように手を振った。

 佐伯はギリギリと歯噛みする。

 この男、のらりくらりと躱すだけで、全く取り付く島がない。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 エリートの意地がある。

 

「絶対に諦めませんからね! あなたが首を縦に振るまで、ここに泊まり込んででも……!」

 

「まあまあ、お姉さんも落ち着いて!」

 

 殺伐とした空気を察して、リナが割って入った。

 

「顔、怖いですよ? せっかく美人さんなんだから、眉間のシワ伸ばしてください」

 

「うっ……」

 

 佐伯はハッとして自分の顔を触った。確かに、般若のような形相になっていたかもしれない。

 

「私、お茶淹れてきますから! 美味しいお茶菓子もあるんで、ちょっと休憩しましょう?」

 

「え、あ、ありがとうリナさん……」

 

 リナの無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、佐伯は肩の力を抜いた。

 この少女は、不思議な包容力がある。

 湊のような変人相手に、よく真っ直ぐ育ったものだ。

 

「叔父さんも! お客さんに意地悪言わないの!」

 

「へいへい」

 

「まったくもう……。すぐ戻りますからね」

 

 リナはパタパタと奥の給湯室へと引っ込んでいった。

 店内には、再び湊と佐伯の二人が残される。

 

「……はぁ」

 

 佐伯は深く息を吐き、乱れた髪を直した。

 

「少し、頭を冷やします。ですが、私の提案が最善であることは理解してください。あなたの力は、個人の枠に収まるものじゃない」

 

「買いかぶりすぎだ」

 

 湊は文庫本に視線を落としたまま言った。

 

「俺はただの古物商さ。それ以上でも以下でもない」

 

 その言葉が、拒絶の意思表示であることは明白だった。

 佐伯が再び口を開こうとした、その時。


 ――プツン。

 

 唐突に、音が消えた。

 

 テレビから流れていたニュース音声。

 外の通りを行き交う車の走行音。

 遠くから聞こえるサイレンの音。

 それら全てが、コンセントを抜いたように遮断された。

 

「え……?」

 

 佐伯は違和感に顔を上げた。

 耳がキーンと鳴るような、完全な無音。

 そして、匂いが変わった。

 店内に漂っていた古紙やカビの匂いが消え、代わりに鼻をつくような、人工的なオゾンの臭気が充満し始める。

 

「なに、これ……」

 

 佐伯が窓の外を見た瞬間、彼女は絶句した。


 ザザッ……ザザザッ……。


 磨りガラスの向こうに見えていた路地裏の風景が、まるで壊れたテレビ画面のようにノイズ混じりに揺らいだ。

 アスファルトの道も、向かいのビルの壁も、電柱も、色彩を失い、溶け落ちていく。

 そして、次の瞬間。


 世界は塗り替えられた。

 紫色だった。

 毒々しく輝く紫色の光が、窓の外を埋め尽くしていた。

 よく見ると、それは光の壁だった。

 複雑怪奇な幾何学模様が刻まれた、半透明のドーム状の結界が、店の周囲を覆い尽くしている。

 

「け、結界……!?」

 

 佐伯は立ち上がった。

 先ほど自分が体験した、湊の術とは質が違う。

 あれは空間を歪めて人を遠ざけるものだったが、これは違う。

 空間そのものを現実世界から切り取り、隔離する「異界化」の術式だ。


 バタン。

 湊が文庫本を閉じた。

 その顔から、先ほどまでの眠気と気怠さが完全に消え失せていた。

 眼鏡の奥にある瞳が、冷徹な刃のような光を宿して佐伯を射抜く。

 

「おい、公務員」

 

 湊の声は低く、地を這うようだった。

 

「これはお前のとこのやつか? 交渉決裂なら実力行使ってわけか。随分と強引な勧誘だな」

 

 湊の全身から、凄まじいプレッシャーが放たれた。

 佐伯は呼吸すら忘れそうになったが、必死に首を横に振った。

 

「ち、違う! 知らないわよ!」

 

「ほう? お前が手引きして、外で待機させていた部隊じゃないのか?」

 

「そんなわけないでしょ! 見なさいよ、あれを!」

 

 佐伯は震える指で窓の外を指差した。

 

「空間断絶に、位相の固定化……。こんな大規模な結界、現代魔術の『戦略級指定』レベルよ!? これを展開するには、莫大な魔力リソースと、複数人の魔術師が必要になるわ!」

 

「……ふむ」

 

「今の機関に、そんな予算も人員もない! 第一、戦場でもない街中でこんなものを使ったことがバレたら、国際条約違反で世界中が大騒ぎになるわよ!」

 

 佐伯は懐から端末を取り出したが、画面には無情な『圏外』の文字が表示されていた。

 外部との通信も、完全に遮断されている。

 

「私の端末も繋がらない……! 完全に隔離された……」

 

 佐伯の顔面蒼白な様子を見て、湊は彼女が犯人ではないと判断した。

 演技にしては迫真すぎるし、何より、彼女が言う通り「公務員」にしてはやり方が派手すぎる。

 

「……チッ。じゃあ、招かれざる客ってことか」

 

 湊は舌打ちをした。

 嫌な予感が当たった。

 先日、牛鬼を「掃除」した際、少し派手にやりすぎたかもしれない。

 あれの飼い主が、報復に来たか、あるいはリナの力を嗅ぎつけて回収に来たか。

 

「リナ!」

 

 湊が叫ぶと同時に、奥からリナが顔を出した。

 

「なになに? お茶沸いたよー……って、わぁっ!?」

 

 リナはお盆を取り落としそうになった。

 窓の外の紫色の光景に、目を丸くする。

 

「叔父さん、外! 外が紫色になってる! ぶどうジュースみたい!」

 

「のんきなこと言ってる場合か。こっちに来ろ、俺のそばから離れるな」

 

 湊が手招きした、その瞬間だった。


 ズドォォォォォォォン!!!


 爆音と共に、『久遠堂』の入り口――頑丈なシャッターと引き戸が、紙細工のように吹き飛んだ。

 土煙と木片が店内に舞い散る。

 

「きゃあああっ!?」

 

 佐伯は咄嗟に身を伏せた。

 だが、湊は微動だにせず、舞い上がる粉塵の向こうを睨み据えていた。

 紫色の結界の向こう側から、複数の黒い影が揺らめきながら入ってくる。


 一人、二人……いや、五人。


 彼らの姿は、異様だった。

 全身を覆うのは、特殊部隊のようなタクティカルスーツ。

 だが、その表面には、赤い光で明滅する魔術刻印がびっしりと刻まれている。

 顔はフルフェイスのヘルメットで隠され、そのバイザーの奥には、感情のない人工的な光が灯っていた。

 手には、銃火器のような形状をした魔導杖。

 科学と魔術を融合させたような、歪な兵士たち。

 

「……一体、なんなのよ!」

 

 佐伯が呻いた。

 日本の自衛隊でも、海外の軍隊でもない。見たこともない装備だ。

 

「魔術協会にも登録されていない装備……。もしかして、ダークギルド!?」

 

 兵士の一人が、ボイスチェンジャーを通した機械的な音声で告げた。

 

『ターゲット確認。久遠リナ、および協力者一名。確保、または排除を開始する』

 

 感情のない声。

 彼らは躊躇なく、銃口をリナたちに向けた。

 銃口に魔力が収束し、殺意の光が灯る。


 だが、湊が感じていた違和感は、装備の見た目などではなかった。

 自身の展開していた陰陽術による結界を彼らは破壊している。

 魔術ではないそして、陰陽術の理にも、属さない、歪な「何か」を使った気配がする。

 

(だけど何だっけ、この気配……思い出せねえ)


 彼らから漂うのは、魔力でもなければ、霊力でもない。

 もっと無機質で、それでいて粘着質な――まるで、死んだ細胞を無理やり電気信号で動かしているような、不快な波動。


「……まあいいか」

 

 湊はゆっくりと立ち上がった。

 その手には、いつの間にか一振りの扇子が握られていた。

 

「平穏な隠居生活の邪魔は困るんだけどなあ」

 

 湊はリナと佐伯を背に庇い、扇子を開いた。

 

「店を壊した修理代、高くつくぞ」

 

 最強の陰陽師と、謎のハイテク魔術部隊。

 紫色の結界に閉ざされた密室で、開戦の鐘が鳴らされた。

 

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