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第14話

 東京、西新宿。

 降りしきる雨が、摩天楼の窓ガラスを叩いていた。


 地上二百メートル。

 都内でも指折りの高層ビルの最上階に、そのオフィスはあった。

 表向きは、最新の魔導具開発を手掛ける大手企業『アカシック・ソリューションズ』の本社役員室。

 

 だが、その内装は企業のそれとは異質だった。

 壁一面に描かれた複雑怪奇な幾何学模様。

 棚に並ぶのは、何らかの液体に浸けられ保存された異形の生物の標本。

 そして、部屋の中央にある革張りの椅子には、一人の男が深く腰掛けていた。


 御影恭一郎。

 魔術協会の重鎮でありながら、裏では非合法な魔術実験を主導する、冷徹な支配者である。

 

「失礼します!」

 

 重厚な扉がノックもなしに開かれ、白衣を着た男が転がり込んできた。

 御影の部下であり、研究主任を務める男だ。

 その顔色は紙のように白く、脂汗で濡れている。

 

「騒がしいな。ノックの作法も忘れたか」

 

 御影は手にしたワイングラスを揺らしながら、氷のような視線を向けた。

 その視線だけで、部下の男は金縛りにあったように震え上がる。

 

「も、申し訳ありません! ですが、緊急事態です!」

 

「言ってみろ」

 

「ほ、報告します! 『検体・甲』……コードネーム『牛鬼』の生体反応が、消失しました!」


 ピタリ。

 御影の手が止まった。

 グラスの中の赤い液体が、小さく波紋を広げる。

 

「……消失、だと?」

 

 御影の声は低く、そして静かだった。

 だが、そこには明確な怒気が孕まれていた。

 

「計測器の故障ではないのか?」

 

「ち、違います! あの個体が発していた特有の『呪詛波長』が、東京エリアから綺麗さっぱり消え失せています!」

 

「馬鹿な」

 

 御影はグラスをテーブルに置いた。

 カツン、という硬質な音が部屋に響く。

 

「あれは、我々が数年を費やして修復した『呪い』の結晶だぞ。現代魔術の体系では解析すら不可能な妖怪だ」


 御影は立ち上がり、窓の外の夜景を見下ろした。

 『牛鬼』は、自然発生したモンスターではない。

 彼らが発掘し修復し、意図的にダンジョンへ放った兵器だ。

 Sランク探索者の妹である少女を「苗床」に選んだのも、強力な素体における成長データを取るためだった。

 

「剣崎龍也が動いていたことは知っている。だが、奴の『竜殺し』程度では、あの呪いを削ることすらできんはずだ。今の魔術師どもに、あれが祓えるはずがない」

 

 御影はガラスに映る自分の顔を睨みつけた。

 

「一体誰だ? 誰が、私の作品を壊した?」

 

「そ、それが……」

 

 部下はおそるおそる、一枚のタブレット端末を差し出した。

 そこには、現場となった地下訓練場の観測データが表示されていた。

 

「現場をハッキングして得たデータです。牛鬼が消滅した瞬間、二つの異常な数値が観測されています」

 

「説明しろ」

 

「はい。一つは、極めて純度の高い『斬撃』の痕跡。剣崎の剣技に近いですが、桁が違います。対象の霊的防御値を完全に無視して切断しています」

 

「……霊体切断だと? 国宝級のアーティファクトでも持ち出したか」

 

「そして、もう一つが問題です」

 

 部下は画面をスワイプした。

 そこに表示されたのは、真っ赤な警告色で塗りつぶされたグラフだった。

 

「測定不能の『極大熱源』です」

 

「熱源?」

 

「はい。炎属性の魔術に近い反応ですが、構成術式がまるで違います。一瞬にして牛鬼を原子レベルで分解・消滅させています。現代魔術のレベルで言えば、第八階梯……いや、それ以上の出力かと」

 

 御影の目が細められた。

 第八階梯。

 それは、戦術兵器に匹敵する、大魔術の領域だ。

 そんなものを個人で行使できる人間が、日本にいるはずがない。

 

「……待て」

 

 御影の脳裏に、ある情報がフラッシュバックした。

 ここ数日、ネット上で拡散されている奇妙な動画。

 新宿ダンジョンで撮影された、一人の少女と、白い獣。

 

「白い狐……か?」

 

「は、はい。SNSの目撃情報と、今回の熱源の発生タイミングが一致します。現場には剣崎の他に、この動画の配信者である女子高生が出入りしていたことが確認されています」


 御影は口元に手を当て、考え込んだ。

 Sランク探索者、剣崎龍也。

 そして、謎の力を持つ女子高生と、白い狐。

 

 点と点が繋がる。

 『牛鬼』を葬ったのは、魔術協会のエージェントでも、海外の特殊部隊でもない。

 無名の「イレギュラー」たちだ。

 

「……面白い」

 

 御影は歪んだ笑みを浮かべた。

 

「我々の計画に対する、予期せぬノイズ。放っておけば、全体を狂わせるバグになりかねん」

 

 彼は振り返り、部下に冷酷な命令を下した。

 

「情報収集を強化しろ。その女子高生……彼女と、その背後にいる協力者を徹底的に洗え」

 

「はっ! ……もし、抵抗された場合は?」

 

「構わん。『処理班』を動かせ。必要ならば消してもいい」

 

「承知しました!」

 

 部下が敬礼し、部屋を飛び出していく。

 再び静寂が戻った部屋で、御影は低く笑った。

 

「剣崎龍也と、謎の配信者……。厄介なことになったな」

 

 御影は執務机の裏へと回った。

 壁に掛けられた巨大な宗教画の額縁に手をかける。

 

 ガコン、という重い音と共に、絵画がスライドした。

 現れたのは、銀色に輝く金属製の扉だ。

 

 そこには鍵穴もノブもない。あるのは、生体認証用のパネルだけだ。

 御影はパネルに虹彩をスキャンさせ、さらに右手をかざして掌紋と、自身の魔力波長を読み込ませる。

 

『認証完了。レベル5・セキュリティクリア。ようこそ、マスター』

 

 無機質な電子音声と共に、プシューッという空気の抜ける音がした。

 気圧調整が行われ、分厚い隔壁がゆっくりと左右に開いていく。

 中から漏れ出してきたのは、オフィスの清潔な空気とは対極にあるものだった。

 

 重く、甘く、そして脳髄を直接撫で回すような、濃密な「瘴気」。

 常人であれば、吸い込んだだけで発狂しかねない濃度の呪いだ。

 だが、御影はその空気を、まるで極上の香水であるかのように深く吸い込んだ。

 

「……ああ、素晴らしい」

 

 彼は恍惚とした表情で、暗闇の中へと足を踏み入れた。

 

 隠し部屋の内部は、異様な空間だった。

 壁一面に埋め込まれた冷却パイプが唸りを上げ、無数のケーブルが部屋の中央へと伸びている。

 

 その中心。

 祭壇のような台座の上空に、それは浮遊していた。

 直径五十センチほどの、球体。

 

 だが、それはただの物質ではない。

 紫色に、怪しく、毒々しく輝いている。

 

 ドクン……ドクン……。

 

 球体はまるで心臓のように明滅を繰り返し、周囲の空間を歪ませていた。

 その光を見るだけで、精神が不安定になり、心の奥底にある憎悪や欲望が増幅されるような感覚に襲われる。

 

「美しい……」

 

 御影は台座に歩み寄り、紫色の光に顔を照らされながら呟いた。


 これこそが、彼らが追い求める「力」の源泉。

 

 『牛鬼』を生み出し、美咲を蝕み、そしてこれから世界を変えようとしているエネルギーの核。

 

「これこそが、魔術の行き詰まりを打破し、人類を次なるステージへ進化させる『賢者の石』……いや、それ以上だ」

 

 御影は震える手で、球体に触れようとし、寸前で止めた。

 まだ、完成には程遠い。

 

 『牛鬼』は、この力に適応できる「器」を作るための、ほんの初期段階の実験に過ぎなかったのだ。

 

「器の喪失は痛手だが……データは取れた」

 

 御影の瞳に、球体の紫色の光が反射し、妖しく揺らめく。

 

「あの女子高生。そして彼女に力を貸している何者か。……彼らの力を使えば、あるいはこの『核』をより早く完成させられるかもしれん」

 

 彼はニヤリと笑った。

 それは研究者の顔ではない。

 獲物を見つけた捕食者の顔だった。

 

「邪魔者は消す、リソースは利用し尽くす。……我々の計画に、失敗は許されない」

 

 紫色の不気味な光が、御影の影を長く、黒く、壁に投影する。

 新宿の地下で蠢き始めた巨大な悪意は、まだ何も知らない『久遠堂』の住人たちへと、静かにその触手を伸ばし始めていた。



 ***


 

 一方その頃。

 新宿区、歌舞伎町の路地裏。『久遠堂』にて。

 

「っくしょん!!」

 

 リナが盛大なクシャミをした。

 

「おいおい、風邪か? 掃除のしすぎで埃でも吸ったか」

 

 カウンターで煎餅をかじっていた湊が、呆れたように言った。

 

「違うよー。なんか寒気がしただけ。……誰かに噂されてるのかな?」

 

「どうせネットで『リナちゃん可愛い』とか書かれてるんだろ。有名人は辛いねぇ」

 

「もう! 叔父さんのせいじゃん!」

 

 平和な日常会話。

 だが、リナは無意識に腕をさすった。

 その悪寒が、ただの風邪でも、ネットの噂でもなく、もっと粘着質な「殺意」によるものであることを、彼女はまだ知らない。

 

カクヨムの10分の1しか読まれてないぜ!

やっぱりこの作品のようななろう系のジャンルを好む読者はカクヨムに多いのかな……

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― 新着の感想 ―
カクヨムとなろうの読者層の違いやかぶり 同ジャンルの作品の多さ 仮にカクヨムで先行してるならそっちで読むわって人もいるだろうし 比べてどうこうなるもんでもないでしょ
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