第八章 アレンヴェルの丘
その朝、ドランはいつものように弟子たちを起こした――古びた鍋を叩きながら。
「起きろ、この怠け者ども!」
彼の怒鳴り声が家中に響き渡った。
眠たげな目をこすりながら、ハスターがゆっくりと身を起こす。
「師匠……まだ夜明け前ですよ……」
「だからこそだ!」ドランは口元に笑みを浮かべた。
「太陽が眠っている間に働く者こそ、本物の男だ!」
そう言って声の調子を変える。
「ハスター、この前の話を覚えているか? ――“学者”のことだ。」
ハスターは目を瞬かせる。
「はい……何か分かったんですか?」
「その通りだ。」ドランは得意げに胸を張った。
「昨日、お前のことをその学者に手紙で伝えたんだ。するとその日のうちに返事が届いてな。
“すぐに会いたい”そうだ。だから今日、三人で向かう。」
半分眠ったままのバンがぼそりとつぶやく。
「で、俺は何の関係があるんだよ……?」
ゴンッ! 鈍い音が響く。
ドランがバンの頭を叩いていた。
「お前の関係は大ありだ、バン。
その学者様が“ジャガイモ三袋”を注文しておる!
働いてこそ生きる意味があるだろう?」
ドランはにやりと笑った。
「さあ、早く馬車に芋を積め! 時間は金だ!」
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荷車を積み終えたところで、ドランが言った。
「ここで待っていろ。今、乗り物を連れてくる。」
ハスターが眉をひそめる。
「乗り物? 俺、この屋敷で一度も馬を見たことないんですけど……」
バンが口の端を上げる。
「誰が“馬”だなんて言った?」
しばらくして、ドランが戻ってきた。
両手を胸の前で合わせ、まるで宝物を抱えるような仕草をしている。
「さあ、我が弟子たちよ――これぞレオナール・スレイヴ・ドランの神秘の乗り物だ!」
彼は両手を開いた。そこにいたのは、小さな黒い甲虫。青い光沢を放っている。
「……虫?」ハスターが思わず叫んだ。
「言葉を慎め、若造!」ドランは誇らしげに言った。
「これはただの虫ではない。伝説のカブト虫――“ヘラクレス”だ!
百頭の馬よりも力強いぞ。」
二人が唖然と見つめる中、ドランは小さな荷車の綱をその角に結びつけ、手綱を軽く打った。
するとその小さな甲虫が動き出し、驚くほどの力で荷車を引き始めた。
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埃を巻き上げながら、三人を乗せた荷車は進んだ。
劇場の風景はどこまでも広がり、永遠の夜明けのように静止していた。
畑は同じ姿を保ち、丘は動かず、時間そのものが息を潜めているようだった。
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長い道のりのあと、遠くに一つの丘が見えてきた。
「――アレンヴェルの丘だ。」ドランが指を差した。
「もうすぐ着くぞ。」
丘の麓にたどり着くと、ハスターはその壮大な光景に息をのんだ。
頂上には白く輝く天文台のような建物が見える。
三人は登り始めた。
しかし、しばらくするとハスターが眉をひそめる。
「おかしいな……さっき見たとき、もっと低かった気がするんですけど。」
「その通り。」ドランが静かに答える。
「アレンヴェルの丘は、見る者によって姿を変える。
ある者には小さく、ある者には果てしなく高く映るのだ。」
その言葉が終わると同時に、
地面の下から不気味な音が響いた。
――バキィッ!!
大地が震え、荷車が揺れる。
そして、灰色の巨大な手が地中から突き出し、
車輪の一つをつかんで砕いた。




