第42話――約束の夜
ドリーム・デザートでは、いつも通り夜だった。
だが、ドリーム・シティの空気はまるで違っていた。
路地は丁寧に飾り付けられ、人々の笑顔と歓声が街を満たしている。住民たちは皆、華やかな衣装に身を包み、輝く街灯の下を行き交っていた。市場はこの日だけ閉ざされ、誰もが特別な催しに心を躍らせていた。
街の南端、巨大な浮遊城の頂で、一人の少女が支度をしていた。
「本当にお美しいです、本日のお嬢様は」
そう言って侍女が微笑む。
アカネは思わず笑みを浮かべた。
深紅のドレスは彼女の体に完璧に馴染み、花の装飾が施された髪は波打ちながら腰まで流れている。輝く茶色の瞳、雪のように白い肌。その姿は、まさに眩いほどだった。
「どうして赤なのですか?」と別の侍女が尋ねた。
「簡単よ。婚約者の瞳の色だから」
「それにしても……少し急ぎすぎでは?」
最初の侍女が不安げに言う。
「まだ一度も会ったことがないのに……」
「大丈夫よ。きっと上手くいくわ」
「でも……彼が本当に……」
「やめなさい」
もう一人の侍女が小声で制した。
その瞬間、アカネは立ち上がり、侍女の髪を掴んだ。
冷たい殺意を帯びた視線が突き刺さる。
「私たちは運命で結ばれているの。彼がこの結婚を拒む世界なんて存在しないわ」
低く囁く。
「忠告してあげる。余計なことを言いすぎると……舌を失うことになるわよ」
彼女は手を離すと、すぐに天使のような笑顔を浮かべた。
「今日は特別な日なの。あなたは運がいいわ」
その時、扉が大きく開かれた。
砂色の外套を纏った細身の男が入ってくる。
ひび割れた肌、黄金の眼差し。
砂が影のように彼の後を追っていた。
アカネは彼を見るなり駆け寄った。
「お父様!」
「我が姫……」
二人は強く抱き合った。
「さあ、もう十分準備しただろう」
砂の商人は優しく言った。
「行こう。君の晴れの日だ」
彼はアカネの手を取り、回廊を抜けて外へと続く壇上へ向かった。
眼下には、無数の人々が通りを埋め尽くしていた。
風船と紙吹雪が舞い、熱気が空を震わせる。
「すごい……!」
歓声が彼女の名を呼ぶ。
砂の商人は大きく息を吸い、叫んだ。
「今日は我が最愛の娘の誕生日だ!
この日を、彼女の人生で最も美しい一日にしよう!
さあ、パレードを始めろ!」
群衆は歓喜に沸いた。
「宴の間へ行こう」
彼は続けた。
「パレードが城に到着するまでの間にな」
その頃、暗い路地裏で二人の男がネクタイを整えていた。
「作戦開始だな」とハーヴィ。
「救出の始まりだ」
「無理だ……結び方が分からない」
アラタが唸る。
ハーヴィはため息をつき、手を伸ばした。
一方、ハスティアは招待状を手に、城の大広間へと足を踏み入れていた。
輝くシャンデリア、集うのは名だたる要人ばかり。
彼はしばらく様子を伺い、やがて砂の商人へ近づいた。
「おめでとうございます。実に見事な宴ですね」
「当然だ」
満足げに笑う。
「……ところで、君とは面識が?」
「いいえ。ペレイリアから来ました。
新しい商いを始めるつもりでして」
「素晴らしい選択だ!
下界の街より、ここはずっと稼げる!」
「ですが、一つ気になることがあります」
ハスティアは声を落とした。
「この終わらぬ夜……そして睡眠を資源として扱う仕組み。
少々、非道では?」
商人の表情が一瞬で凍りついた。
「……」
そこへ、低い声が割って入る。
「こんばんは」
グレウジュールだった。
ハスティアは即座に彼の手を掴んだ。
「ようやく会えました。先ほどは助かりましたよ」
「……え?」
人混みに紛れ、彼を引き離す。
砂の商人は二人を鋭く見つめたが、やがて視線を逸らした。
「その人工ヴェール……仕組みを教えてもらえますか」
ハスティアは囁いた。
夜空に花火が咲き始める。
「……俺たち、知り合いだったか?」
グレウジュールは困惑する。
その瞬間、足元で鈍い音が鳴った。
「何だ――」
床が崩れ落ちた。
二人の身体は闇へと引きずり込まれる。
完全な暗闇。
狭い箱の中で、かすれた声が響いた。
「……ここ、息ができない」
エファの声だった。
その頃、城へと近づくパレード。
運命の時が、静かに迫っていた。
――作者コメント――
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