第33話 何者でもない者、すべてになれる者
森の奥から、太鼓のような轟音が響いた。
巨大な影が揺れ、無数のゴリラたちがハストゥルを取り囲む。
その中心に立つのは、地面を揺らしたあの最も巨体のゴリラ。
それは胸を一度強烈に叩きつけ、森全体を震わせた。
すると他のゴリラたちは一斉に動きを止め、静寂が訪れた。
ハストゥル(くそ… アニマを放ちすぎたせいで、縄張り争いだと思われたか…)
次の瞬間、巨体ゴリラが叫んだ。
「Gyaaaaaaaaa!!!」
そして、地面を割らん勢いで飛びかかってくる。
その腕は、ベンケイよりも太く長い。
ハストゥル(つかまったら終わりだ…!)
その瞬間、脳裏をかすめた記憶。
修行初日に自分を襲った──あの兎の姿。
ハストゥルは無意識に同じ構えを取り、ゴリラの顔めがけて跳んだ。
ガンッ!!
巨ゴリラの頭蓋が揺れ、巨体が宙に舞った。
着地したそれは両腕を大地に叩きつけ、地面をトランポリンのように波打たせた。
跳ね上がったハストゥルは、木上の別のゴリラのもとへ飛ばされる。
そのゴリラは拳を凝縮し、不気味に笑う。
バァン!!
ハストゥルは再び吹き飛ばされる。
二体目、三体目──
ゴリラたちはまるでバレーボールのようにハストゥルを打ち返していく。
六度目の衝撃のあと、ハストゥルは丸まった姿勢のまま息を荒くした。
ハストゥル(…おかしい。これだけ殴られたら、普通は死ぬ。
まさか…アニマが俺を強化してる…?)
七体目に到達した瞬間、ハストゥルは再び兎の構えを取り、跳ね上がる。
視界が白くなりながら、彼は空高く放り出された。
ハストゥル(アニマ… もう十分、死にかけたんじゃないか…?)
そう呟いた途端──
世界が真っ白に塗り替わった。
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白の世界
そこには子どもたちがいた。
笑う者、泣く者、座り込む者──
どこか懐かしい、けれど思い出せない景色。
そして中央では、誰かがキャンバスに絵を描いていた。
???「やっと来たね。待ってたよ」
ハストゥル「……ここは? どうして俺は──」
???「大事なのは、“君が何を求めているか”だよ」
その声は柔らかいが、どこか底知れない。
霞のようなその存在は、ゆっくりとハストゥルに近づいた。
顔は一定せず、見るたびに形が変わる。
ハストゥル(……怖い。でも、逃げない)
???「へえ。逃げないんだね。偉いよ」
ハストゥル「俺には記憶がない。でも…ここで出会った仲間たちがいる。
たとえ“何者でもない”としても…俺は信じたいんだ。
この世界で、“誰かになれる”って!」
その瞬間、その存在はハストゥルの頬にそっと触れた。
霞が晴れ──
姿がはっきりと現れる。
それは、銀色の長い髪を持つ少女だった。
瞳は宝石のような桃色。
小柄だが気品があり、息を呑むほど美しい。
彼女は微笑んだ。
少女「──よし。じゃあ、少しだけ返してあげる。
君が“失くしたもの”を」
淡い桃色の光が広がり、
ハストゥルの脳裏に、ほんの一瞬だけ映像が流れる。
椅子に座る女性。
優しく微笑むその姿。
ハストゥルの目に涙が溜まった。
「……母さん……?」
少女「そう。
かつて、君が唯一大切にしていた人。
君の“始まり”だよ」
ハストゥル「……会いたい。必ず探し出す」
少女「なら――王を目指しなさい。
**黄衣の王**は、
“真実の鍵”を握ってる。
でもその前に、ダンテを見つけるんだ。
彼は君を導く」
ハストゥル「俺なんて…何も持ってない。
アニマだって、何も期待してない…」
少女は微笑んだ。
「何もないってことは──
“なんにでもなれる”ってことだよ」
その言葉は、雷のようにハストゥルの胸を貫いた。
少女が徐々に遠ざかる。
ハストゥル「待って! 君は…君の名前は!?」
少女は振り返り、優しく微笑んだ。
「リリス。」
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現実へ
次の瞬間、ハストゥルは空中へ戻った。
両脚を揃え、着地態勢を取る。
黄と翡翠色が混ざった、
鮮烈なアニマが全身を包み込む。
ハストゥル「…俺が“無”なら──
すべてを模倣して、“何者か”になるだけだ!」
着地と同時に、大地が砕けた。
「さあ、第二ラウンドだ…!」
――作者コメント――
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