第29章 — 挑戦
太陽が真上に昇りきった頃、
ベンケイと名乗る男は、まるで己の魂を磨くかのように、静かで確かな所作で刀を研いでいた。
少し離れた岩陰では、幼さの残る二人の少年がひそひそと作戦を練っていた。
ハストゥルは不安げに囁く。
「なぁバン…お前の案、正気じゃないぞ。勝てるわけないだろ…
見ろよ、俺たちなんてひょろっひょろな六歳児だぞ。相手は二メートル超えの化け物だぞ!」
バンは腕を組んで言い返す。
「まず、俺は六歳じゃない。八歳だ。」
「問題はそこじゃない!」
バンはため息をつく。
「いいか。この森は…女しか生きて通れない。男は誰一人として戻ってきたことがないんだ。
それを越えたとして…どこへ行くんだ?
ドラン先生は…俺たちに残された唯一の家族なんだぞ。」
重い沈黙が落ちた。
そして、まるで示し合わせたように二人は同時に叫んだ。
「なら、勝負だ!」
ハストゥルが勢いよく立ち上がる。
「先にペレイリアへ辿り着いた方の勝ちだ!」
バンがニヤリと笑う。
「負けた方は、一ヶ月間相手の言いなりな。」
二人は拳を合わせた。
その衝撃は、ベンケイの刀身にまでわずかに響いた。
ハストゥルは座り込んだまま尋ねる。
「で、どうやって連絡取り合うんだ?」
その瞬間――
ハストゥルの頭から、透き通ったトンボがふわりと飛び出した。
そして光を放ちながら二つに分裂する。
バンは青ざめる。
「こ、これは…見覚えが…っ!?」
言い終える前に、一匹のトンボから声が響いた。
バン自身の声だった――録音のように。
ハストゥルは満足げに頷く。
「よし。これが通信手段だ。勝負開始だな。」
彼は森の方を向き、
「じゃあな、相棒……
いや、違うな。」
微笑みながら言い直す。
「頑張れよ、兄弟。」
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一日目
ハストゥル側
森に入った瞬間、世界は呑み込まれた。
暗さ、湿り気、重い空気…何もかもが“見ている”。
黄色がかった錆色の小さなウサギが茂みから飛び出した。
普通の動物と違い、微動だにせずハストゥルを凝視している。
そして、可愛らしい声で空気を震わせた。
ハストゥルは思わず近づく。
「なんだお前…可愛いじゃん…」
次の瞬間、ウサギの体が弾けたように緊張し――
弾丸のような速度で飛びかかってきた。
ハストゥルはぎりぎりで回避する。
「うわあああッ!?」
必死に逃げ出した。
木々が回転するように視界を奪い、まるで彼を迷わせようとしている。
「なんだよここはっ!?」
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バン側
バンはベンケイと向かい合っていた。
足元には石造りの橋。
「つまり、ここを渡り切れば勝ちってことだな?」
彼は一直線に走り出した。
だが、途中で足が滑る。
石が突然、氷のような感触に変わったのだ。
ベンケイは眉をひとつ上げる。
「足下をすり抜ける作戦か…?」
バンは心の中で勝ちを確信する。
「よしっ、このまま――!」
だが見えない力が彼を真上に弾き飛ばした。
「な、なんでぇぇぇッ!?」
地面に叩きつけられ、状況が理解できない。
ベンケイはトンボを一匹、指でつまみ上げながら言う。
「お前たちは弱い。どの道を選んでも、今のままじゃ生き残れん。」
一拍置き、声が低くなる。
「だが…強くはなれる。
この世界そのものに反逆できるほどにな。」
そして静かに告げる。
「アニマを扱えるようになれ。」
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共鳴
森の中でゼェゼェと息をするハストゥル。
「アニマ……」
地面に倒れ込んだバンも囁く。
「…アニマ…?」
彼の意識はそこで途切れた。




