第23章 審判の列車(しんぱんのれっしゃ)
地面が震えていた。
遠くから、機械のような、重く、生き物のような轟音が近づいてくる。
列車が――やって来る。
アラタは息を切らしながら走っていた。
背中にはまだあの少年を背負っている。
その足音は、まるで世界の終わりを数える時計のようだった。
> ――05:53。
世界は、あと七分で終わる。
再び、スピーカーからあの声が響いた。
従者の声だ。
> 「皆様……お楽しみいただけましたか? 舞台は、最終幕へ。
王はすでに玉座に座っておられる。――さあ、見せてください。最期の演技を。」
金属的な笑い声がトンネルに響く。
アラタの耳にはもう何も届かない。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけだった。
突然、交差点の向こうから影が現れる。
「エファ! ハスター!」
アラタが叫ぶ。
ハスターは、煤と乾いた血に覆われた顔でうなずいた。
「再会は後だ。時間がない。」
彼は金色の光を放つリリスの翼に手を置く。
「列車まであと五百メートルだが……この路線は全ての経路が交わる。つまり――俺たちだけじゃない。」
エファが天井のひび割れを指さす。
「ドローンよ。十分前からつけられてる。止まったら撃たれる。」
アラタは歯を食いしばる。
「じゃあ、走るしかない。全員で!」
彼らは再び走り出した。
列車の唸りが近づくたびに、大地が脈打つように震える。
壁も、空気も、命も、共鳴していた。
> ――05:56。
目の前の壁が崩れ落ちた。
現れたのは、人影。
……生存者? 違う。
瞳の代わりに笑顔の仮面を嵌めた人間たち。
口のないまま叫び、ぎこちない足取りで近づいてくる。
「観客だ!」エファが叫ぶ。
「ヴァッサルの操り人形……完璧な終幕のための演出だな。」ハスターが低く唸る。
そのとき、氷の壁が立ち上がり、操り人形たちを凍らせた。
そして――
「やれやれ、困ってるようだな。」
皆が振り返る。
バンがハーヴィーの腕を支えていた。
血に濡れた体で、ハーヴィーは子供のように微笑み、手を振った。
「全員集合だな。」アラタが息をつく。
「それに、新しい仲間まで。」
ハーヴィーは疲れた笑みを浮かべる。
「間違った道を歩いてた。でも、バンが……俺を人間に戻してくれた。」
スピーカーがまた鳴る。
> 「へぇ……裏切るんだ、ハーヴィー? 皮肉だね。
まあいい、午前六時だ。――ガスを、解放しよう。」
轟音。
列車が迫る。その後ろには、死のガスが押し寄せていた!
「いつになったら列車に飛び乗れるの!?」エファが叫ぶ。
ハーヴィーは荒い息を吐きながら言う。
「一つだけ方法がある……でも、絶対に俺の指示に従え!」
「どんな指示だよ!?」ハスターが叫ぶ。
「――走れ!!」ハーヴィーが吠える。
彼らは全力で駆け出した。
列車とは逆方向へ。まるで死神と競争するように。
「これが計画か!?」アラタが叫ぶ。
「心配するな。」ハーヴィーの声は冷たく、確信に満ちていた。
列車が、迫る。近い。さらに近い――
そしてすれ違う瞬間、ハーヴィーが叫ぶ。
「飛び乗れ!!」
全員が同時に跳んだ。
アラタはギリギリで後部車両に手をかけたが、バンがその手を掴んで引き上げる。
「で、どうする!?」ハスターが息を切らす。
「ガスは!?」
ハーヴィーは両手を前にかざした。
「アニマの断片――《冷界の吐息》!」
凍気がトンネルを覆い、ガスを瞬時に凍らせる。
列車はそのまま地上へ――そして空へ。
ペレイリアの街を見下ろしながら、彼らは息を吐いた。
「助かった……」アラタが呟く。
エファが笑いながら言う。
「本当に危なかったわ……ありがとう、ハーヴィー。」
アラタは少年を座席に寝かせる。
「でも不思議だな……消毒された地下に、列車なんて。」
ハスターが答える。
「この列車は普通じゃない。
陸、海、空――あらゆる場所を走る。乗客は三千人を超える。
……運が良かったな。今はたぶん――」
「――《ドリーム・デザート》へ向かっている。」
ハーヴィーが目を閉じて呟いた。
彼らは沈黙のまま、空の景色を見つめた。
エファは手にしていたテープを見つめる。
「……これ、何のために買ったんだっけ。」
ハスター、バン、ハーヴィーは疲れ果てて眠りに落ちた。
アラタはまだ少年と遊んでいた。
そのとき、帽子をかぶった男が近づく。
「切符を拝見。」
穏やかな声。
ハーヴィーが目を細める。
「……ヴァッサル?」
帽子の男はアラタを見つめる。
「言ったはずだ。――その子を連れてくるな、と。」
少年の身体が膨れ始めた。
膨らんで、膨らんで――爆発した。
轟音。
列車は粉々に吹き飛んだ。
意識を失っていたエファが目を開ける。
そこには、果てしなく広がる砂の海だけがあった。
「……ここは……どこ?」




