第21章 肉体と記憶の狭間で
ハスターとエファの足音がトンネルに響き、音楽の低い唸りと混ざり合っていた。
スピーカーからは歪んだ歌声が流れ続ける。
非常灯のパネルには、ガス放出まで「1時間37分」と表示されていた。
「──見つけた!」
ハスターが叫んだ。
「サクライを特定した! でも……」
彼は眉をひそめる。
「バンの反応がない。あのエリアは完全に北極圏みたいに凍りついてる。リリスじゃアクセスできない。」
「やったじゃん。チームの半分は確保ね。」
エファは息を切らしながら言った。
ハスターはその皮肉を無視して集中する。
こめかみに指を二本当てた瞬間、リリスの羽が震え、淡い光がトンネルを走ってアラタへと届いた。
「サクライ、聞こえるか?」
「ハスター?! お前か?! いつの間にテレパシーなんか使えるように!?」
「違うよ、バカ。今しゃべってるのは、そっちの肩の横を飛んでる小さなトンボ──リリス経由だ。」
アラタは振り向き、肩の近くを舞う光の昆虫を見て、疲れた笑みを浮かべた。
「うわっ、すげえ! この世界、使い魔とかもいるのか!」
少しの沈黙。
そして笑いながら言った。
「よっしゃ! マホラガは俺が最初に契約な!」
ハスターはため息をつく。
「こっちは死ぬか生きるかの状況なんだが……召喚契約の心配してる場合か。」
「そりゃそうだけど、信じる心って大事だろ?」
アラタは背負った少年を支え直し、走り出した。
笑い声がトンネルに響く。その上から歌声がかぶさる。
> ♪ 20th Century Toy,
I wanna be your boy…
「ところでハスター、この子……親とはぐれたみたいなんだ。見つけられる?」
「待って……」ハスターはリリスの投影した光のパネルを叩く。
「おかしいな。この地下にはホームレスしかいないはず。家族が住んでるなんて聞いたことがない。」
「なら、落ちてきて迷ったんだろ。電車のとこまで運んで保護しよう。」
「了解。」
リリスの光が震え、分裂し、もう一匹の幻影となって闇の奥へ飛んでいった。
「解析完了。まっすぐ進んで、三つ目の角を左に。そこで合流だ。」
そう言い終える前に、闇から影が飛び出した。
拳がハスターの顎に直撃し、黄金の火花が散る。
「──標的、発見。」
ハスターは後退し、唇の端から血を流す。
それでも苦笑を浮かべた。
「……ジャッカル、か。」
湿った床に落ちる水滴の音が、心臓の鼓動のように響く。
チカチカと点滅する蛍光灯が、壁に狂気じみた影を踊らせた。
ハスターは立ち上がる。こめかみを伝う血の線。
目の前の男は、裸の肩に古傷を刻み、片腕が不自然な角度に折れていた。
それでも歩いてくる。まるで痛みなど存在しないかのように。
> 「標的、確認。
処刑、許可。」
声は金属を擦るように歪んでいた。
ハスターは冷たい笑みを浮かべる。
「冗談がきついな。その腕、もう使えないはずだ。痛くないのか?」
男は顔を上げ、兵士ではない瞳を見せた。──それは狂信者の目だった。
> 「痛みなんて存在しない。
あるのは決意だけだ。」
―――――
鋭い打撃。
ハスターは横にかわしたが、風圧が頬を裂いた。
一歩引き、相手の筋肉の動き一つ一つを分析する。
> 解析:速度6.2 威力8.9
格闘スタイル:歪んだカンフー
記録:開始。
彼の瞳が金に輝く。記録が始まった。
男は折れた腕で殴りかかる。骨が砕ける音。それでも止まらない。
その一撃ごとに、戦場の太鼓のような音が響く。
ハスターは受け流し、反撃、足払い、そして指を床に当てた。
> 「コピー:異形少林拳。」
動きが変わる。滑らかで、正確。
彼は一撃で男の肋骨を叩き、衝撃波が壁の金属を歪ませた。
「真似してんのか、金髪坊や?
動きはコピーできても、“痛み”までは真似できねぇだろ。」
ハスターの瞳が翠から黄金に変わる。
「感情は制限だ。
戦いにおいて、感情は雑音に過ぎない。」
男は血を吐きながら笑った。
「違ぇな。
痛みは、生きてる証拠だ!
決意こそ、てめぇに足りねぇもんだよ、完璧気取りの野郎!」
二人は再びぶつかる。拳と拳、脚と脚。
鏡写しのように、しかしどこか歪んだ対決。
トンネルが震え、鉄が軋む。
ハスターは記録し続ける。
だが、コピーすればするほど、頭の奥が軋んだ。
失われる記憶。曖昧な顔。声。
> 力の代償は、記憶の欠落。
胸に拳がめり込み、吹き飛ばされた。
金属の梁にぶつかり、埃を上げて倒れ込む。
「血、出てんぞ天才くん。
俺は倒れねぇけどな。」
ハスターはゆっくり顔を上げる。
「痛みで強くなる? 違う。
痛みはお前を遅くする。予測しやすくする。ただの人間に戻すだけだ。」
手を掲げる。黄金の魔法陣が現れた。
「異形少林拳」+「紫の波動」──融合。
> 「完全コピー:紫波動・流転破。」
光が収束し、紫の渦が拳を包んだ。
一撃。壁が砕け、破片が散る。
それでも男は立ち上がる。腕はぶら下がり、息は荒く、それでも笑っていた。
「やるじゃねぇか金髪。
でもな、俺は勝つために戦ってねぇ。
死にたくねぇから戦うんだ。」
突撃。
ハスターは動かない。
見つめる。
そこにあったのは、戦いじゃない。信仰だった。
記録も記憶も追いつけない、純粋な意志の塊。
「わかんねぇだろ?」男が叫ぶ。
「俺の動きはコピーできても、“俺”はコピーできねぇ。
お前にゃ心がねぇ。ただの記録装置だ!」
拳が何度も何度もハスターを叩く。
そして、静寂の中、彼はその拳を掴んだ。
「……そうだな。コピーできないものもある。」
拳を握り締める。床が割れ、空気が震える。
「けど──学ぶことはできる。」
黄金の閃光が弾け、天井が爆ぜた。
瓦礫が降り注ぎ、埃がすべてを覆った。
やがて静寂。
二人は膝をつき、荒い息を吐く。
一方は笑い、もう一方は黙って見つめた。
意識の薄れた男が呟く。
「……ちょっとは、“火”が見えるじゃねぇか。」
ハスターは立ち上がり、
「かもな。でもその火は……お前のおかげだ。」
と呟き、背を向けた。
倒れた男の顔には、穏やかな笑み。
そして、ハスターの瞳が一瞬だけ赤く染まる。
> 「記録完了:人間の決意。」




