第10章:科学の楽園
二人の少年は混乱したまま、丘の頂上へと飛翔を続けていた。
風が彼らの顔を切り裂き、光が歪み、世界そのものが停止したようだった。
突然、空を裂く叫びが響いた。
「ズルいっ!! それは反則だああああ!!!」
丘の声が鐘のように轟く。
巨大な岩が斜面から引き剝がされ、彼らへと投げつけられた。
世界がゆっくりと動く。
岩は渦を巻きながら迫り来る――美しくも、致命的な軌跡を描いて。
ハスターとバンはそれを見つめるしかなかった。
――終わりだ。
バンは小さく、諦めたように呟いた。
「……いつもこうだな」
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回想――七年前
景色がぼやけ、記憶が静かに蘇る。
動かぬ空。同じベンチ。同じ繰り返し。
幼いバンは、繰り返される劇を理解していた。
黒いコートの男、鳴る鐘、落下、そしてまた最初から。
だが、その永遠の循環に息苦しさを覚えていた。
彼は夢見ていた――変化する世界を。青い海を。繰り返さない地平線を。
ある日、彼は動かずに風へと呟いた。
「もし全部が嘘なら……本物を見たい。
醜くても、痛くても、かまわない」
その瞬間、風が止み、空に亀裂が走った。
その裂け目の向こうに、彼は初めて“本物の海”を見た気がした。
動く波、終わらない広がり。
その日以来、彼は死を恐れなくなった。
恐れたのは――また同じ場所に戻ることだけだった。
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現在
岩は迫っていた。
時間が伸び、丘の叫びは遠くへと霞んでいく。
その中で、バンの胸の奥から何かが熱く湧き上がった。
それは純粋な意志。
――もう、同じ物語を繰り返したくないという子供の意志だった。
彼は夢で見た海を思い出した。
そして、自分に誓った約束を。
「本物を見る」
考えるより先に、彼は手を上げた。
ほんの小さな、取るに足らない動き。
だが、その瞬間――世界が鳴った。
岩は爆発せず、粉々にならなかった。
代わりに、ひと筋の亀裂が走り、静かに光の粒へと崩れた。
音は鈴のように澄みきっていた。
世界の息が戻る。
劇場が揺らぎ、構造がひび割れる。
バンは微笑んだ。
勝ち誇った笑みではなく、
この場所の“掟”を破った者の、静かな笑みだった。
眩い光が走る。
空間が裂け、二人は光に飲まれた。
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「やっと来たねぇ! 遅かったじゃないか!」
澄んだ声が響いた。
気づけば、二人は地面の上に立っていた。
ハスターは呆然と呟いた。
「ここは……天国なのか?」
明るい笑い声が返る。
「同じ“天国”を指しているかはわからないけどね。
ここは――科学の楽園さ!」
白衣。乱れた髪。丸い眼鏡。
男は笑みを浮かべながら歩み寄った。
「あぁ、自己紹介がまだだったね。
私の名はアルベルト・アインシュタイン」
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バンとハスターは言葉を失った。
アインシュタインはもう次の話題を口にしていた。
「ところで、ドランは? それと、私のジャガイモは?」
バンは混乱した声で答える。
「ぼ、僕たちはアレンヴェルの丘の頂上にいて……あなたが、“あの科学者”ですか?」
「その通り!」
アインシュタインは満面の笑みで叫んだ。
「さぁ、中へ入ろう。話は中で聞こう」
その瞬間、音もなく椅子が宙を滑って現れた。
「座りたまえ」
二人の鼓動がまだ速かった。
劇場は彼らに教えた。
――破壊もまた、扉であるということを。
だが、その扉の先がどこへ続くのか、
まだ誰にもわからなかった。




