手紙
「……そろそろお休みになってはいかがでしょう、お嬢さま。もう、すっかり夜も更けていることですし」
「ええ、そうね。でも、もう少しだけ」
皓々と月の輝く、ある宵の頃。
縁側にて、控えめにそう問い掛ける。すると、柔らかな微笑で答えるあどけなくも妖麗な女性。彼女は朔夜お嬢さま――現在齢21の、幼少の頃よりお仕えしている敬愛すべき私のご主人さまで。
「……畏まりました、お嬢さま。ですが、お身体に障らぬよう、あまり遅くならないうちに」
「……ええ、ありがとう君乃」
その後、そう言い残し場を後にするわたし。うっとりと月を眺めるその横顔からも、心中はお尋ねするまでもなく。きっと、あの男性を想っているのでしょう。二年ほど前、お嬢さまを――愛する女性を護るため戦場へと旅立った、お嬢さまの婚約者たるあの男性のことを。
『……あの、いつもありがとうございます、唯月さま』
『いえ、君乃さま。私がそうしたくてしているだけですので、どうぞお気になさらず』
三年ほど前の、ある昼下がりのこと。
縁側にて、優しい微笑でそう口にする秀麗な男性。彼は唯月さま――当時齢24の、朔夜お嬢さまの婚約者たる男性で。
彼は、いつも優しかった。この邸宅に仕える身である私のすべき雑務をいつも手伝ってくれていたし、年齢も立場も大きく下の私に対しても敬意を持って誠実に接してくれた。こんな人は、彼以外に知らなくて。……そして、そんな彼のことをいつしか――
『……君乃さま?』
すると、ちょこんと首を傾げ尋ねる唯月さま。理由は明白――私が、彼の裾をぎゅっと掴みじっとその綺麗な瞳を見上げているから。そして――
『……いえ、申し訳ありません』
『あ、いえ……』
そう言って、そっと裾を離す。そして、そっと自身の胸へと手を添える。……うん、分かってる。言えるはずなんてないことくらい。
「――お嬢さま、唯月さまからお手紙です」
「ふふっ、ありがとう君乃。そろそろ届く頃だと思っていたわ」
冴え冴えと月の輝く、ある宵の頃。
明るく灯るランプの傍にてそうお伝えすると、柔らかく微笑み謝意を告げるお嬢さま。今お渡ししたのは、唯月さま――彼女の婚約者たるあの男性から定期的に届くお手紙で。
もちろん、部外者たる私がその内容を窺うわけにはいかないけれど――お嬢さまのお話によると、近況報告やお嬢さまへの深い想い、そして他ならぬお嬢さまを護るため日々戦っているとの旨が記されているようで。そして――
「……あぁ、唯月。本当に……本当に愛おしい」
そう、うっとりと口にするお嬢さま。これが、いつもの光景――唯月さまのお手紙を読む間、いつもこの上もなく幸せな表情を浮かべていて。そして、そんな彼女を眺めながら思う――せめて、この光景がずっと続いてほしいと。
「――ねえ、君乃。実際のところ、昨今の状況はいかがなのかしら?」
それから、数日経た宵の頃。
夕餉の席にて、たおやかな微笑でそう問い掛けるお嬢さま。何とも漠然とした問いではあるけれど、こういった状況下ゆえその意図を理解できないはずもなく。なので――
「……はい、お嬢さま。実際のところ、状況は芳しくないようです。きっと、そう遠くない内に終戦を迎えるものかと」
「……そう。まあ、大方察してはいたけれど」
そう伝えると、翳りの帯びた表情で呟くお嬢さま。何の話かというと、目下行われている戦争における日本の状況に関してで。報道によると、日本が優位に戦況を進めているとのことだけど――だけど、日本にとって都合の悪い情報をお国が流すわけがない。私独自の大いに信頼のおける筋から得た情報によると、日本は大きく劣勢にあるとのこと。そして、お言葉の通りお嬢さまもそれは大方察していたようで……そんな彼女の表情をじっと見つめながら、心の中でポツリと呟く。――戦争が終わらなければ良いのに、と。




