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共犯者の契約 (The Accomplices' Contract)

 その夜、アレン(ノア)は、翔(勇者アレン)の寝室の窓を、指先で軽く二度叩いた。

 翔はベッドの上で、今日の勝利の余韻に浸りながらも、昼間のあの兵士の視線を思い出していた。あの全てを見透かすような目が、どうにも気になって落ち着かない。彼は気を紛らわすように、二本の特注の短剣を磨いていた。一本には「ちょっと待って」、もう一本には「降参だ」と、ふざけた名前を彫ってある。

 コン、コン。

 不意のノック音に、翔の肩が跳ねた。

「誰だ?」彼は短剣を慌てて毛布の下に隠しながら、声を潜めて警戒した。

「俺だ」窓の外から、低い声が返ってきた。

 その声を聞いて、翔はすぐに昼間のあの兵士、ノアだと気づいた。やはり来たか、という面倒な予感と共に、彼はため息をつきながら窓を開けた。

 ノアは、まるで影が形を得たかのように、音もなく部屋に滑り込んだ。そして、翔が何か言う前に、彼の背後の扉に静かに鍵をかけた。その一連の流れるような動きに、翔は得体の知れない圧迫感を覚える。

「何の用だよ、こんな夜中に。昼間の視線といい、あんた、一体何なんだ?」翔は腕を組み、虚勢を張った。

「今日の試合、見事だったな」アレン(ノア)は、感情の読めない目で翔を見つめた。「まるで、背後にも目がついているかのようだった。相手の足元を狙った、あの『見えない一撃』……一体、どんな剣技なんだ?」

 翔の心臓が、どきりと大きく跳ねた。こいつ、やはり。

「さあな。クリストファー家秘伝の技、とでも言っておこうか」翔はポーカーフェイスを装って、そう嘯いた。

「ほう。秘伝、か」アレンはゆっくりと、一歩、翔に近づいた。「面白いことを言う。俺の知る限り、クリストファー家の剣技に、そんな姑息な技は存在しないはずだがな」

 次の瞬間、アレンは消えた——ように見えた。

 翔の動体視力が、彼の動きを完全に捉えきれない。気づいた時には、背後に回り込まれ、冷たい鋼の感触が首筋に押し当てられていた。昼間使っていた、あの何の変哲もない錆びた長剣の切先が、寸分違わず彼の頸動脈に突きつけられている。

「なっ……!?」

「お前の『裏技』は、物体浮遊の魔法だろう」背後から、アレンの冷たい声が囁く。「相手の注意を言葉や動きで逸らし、死角から物をぶつけて隙を作る。単純だが、初見の相手には効果的だ。だが、一度見た技は、もう俺には通用しない」

 翔は、全身から急速に血の気が引いていくのを感じた。心臓が、恐怖でうるさく鳴っている。この男、俺の全てをお見通しか。

「お前は……一体、何者なんだ?ただの兵士じゃないだろ!」

「俺は……」アレンは一瞬、言葉に詰まり、そして自嘲気味に息を吐いた。「俺は、お前を『本物』にするために来た、ただの指導者だ」

 彼はすっと剣を収め、翔から距離を取った。解放された翔は、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えた。

「お前のその身体は、百年ぶりに現れた『聖光親和』の体質を持つ、神からの贈り物だ。それを、お前のような偽物が、くだらない手品で汚すことは許さん」

「偽物……」その言葉が、翔の胸にぐさりと突き刺さった。図星だったからだ。

「だが、お前のその『裏技』、その発想自体は悪くない」アレンは続けた、意外にも、その声には僅かな評価の色が混じっていた。「戦いは騙し合いだ。その点において、お前には天賦の才があるらしい。……気に入らんがな」

 彼は腕を組んだ。「俺が、お前に本物の戦い方を教えてやる。俺がお前の目となり、頭脳となる。索敵、戦術、敵の弱点、全て俺が教える。その代わり、お前は俺の指示に、絶対に従え。俺の手足となって動け」

「……何のために?お前には何が見えてるんだ?」

「目的は一つだ」アレンの瞳に、底知れない憎悪の炎が宿った。「この国に潜み、やがて全てを食い尽くす『本当の敵』を討つことだ」

 翔は、目の前の男の瞳に宿る、常軌を逸した覚悟と憎悪を感じ取った。彼は、自分が思っていたよりも、遥かに危険で、巨大で、そして何より、面倒な「メインシナリオ」に巻き込まれてしまったことを、ようやく理解した。

「……分かった」翔は、ごくりと唾を飲み込んだ。「乗ってやるよ、その話。面白そうだしな。ただし、一つ条件がある。俺は魔法使いになる夢は諦めんからな!訓練の合間に魔法の勉強をする時間は確保してもらうぞ!」

「好きにしろ。だが、サボった分、剣の訓練は倍にする」アレンは冷たく言い放った。

「鬼かよ……」

 こうして、影の指導者と偽りの天才による、奇妙で、不本意で、そしてどこか滑稽な「共犯者」の契約が、月明かりの下で静かに結ばれたのだった。

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