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影の監視者 (The Watcher in the Shadows)

 クリストファー騎士領の城壁の上、一人の兵士が、訓練場で行われている模擬戦を静かに見下ろしていた。彼の名はノア。数週間前、ゴブリンの襲撃で死んだはずだったが、奇跡的に生き延びた新兵だ。少なくとも、周囲の人間はそう認識している。

 彼の正体は、未来から死に戻りしてきた勇者アレン・クリストファー。

 彼は、あの日以来、己の無力さと戦いながら、地道な訓練を続けていた。そして、ようやくのことでクリストファー領に辿り着き、「流浪の剣士」を装って、なんとか領主の目に留まり、兵士として雇われることに成功したのだ。

 彼の目的は一つ。自分の身体を乗っ取った魂、「翔」を監視し、そして可能ならば——排除することだ。

 彼は、翔があの滑稽な魔法の練習をしていたことも、そして今日の模擬戦で、あの姑息な「裏技」を使ったことも、全て見ていた。

 怒りが、彼の腹の底で煮え繰り返っていた。

(あの……馬鹿者がっ!)

 神聖なるクリストファー家の剣技を、あのような曲芸紛いのインチキで再現するとは。しかも、周囲の人間はそれを「天才の剣技」だと信じて疑わない。アレンにとって、それは自らの誇りと歴史を、根こそぎ汚されたような屈辱だった。

(だが……)

 アレンは冷静に思考を巡らせる。

(あの男、翔の存在は、今の俺にとっては必要悪かもしれん)

 今の自分は、ただの兵士ノアだ。未来を知っているというだけでは、ゼルに対抗することはできない。だが、翔は違う。彼は「勇者候補アレン・クリストファー」という、この国で最も注目される駒を持っている。

(俺が奴を導き、奴が俺の手足となる……。不愉快極まりないが、それしか道はない)

 アレンは、翔の「インチキ」を見抜いた上で、それを黙認し、逆に利用することを決めた。彼はこの偽物の「指導者」となり、影から操るのだ。

 その時、模擬戦を終えた翔が、仲間たちに英雄のように囲まれ、得意げに手を振っているのが見えた。その姿に、アレンは再び怒りを覚える。

(いい気になるなよ、偽物め)

 ふと、その翔が何かを感じ取ったかのように顔を上げ、彼の視線が城壁の上のノア(アレン)と、真っ直ぐに交差した。

 翔は、普通の兵士が向けるものとは全く違う、全てを見透かすような、氷のように冷たい複雑な感情を宿した瞳を見た。その眼差しは、まるで彼のインチキも、その心の奥底にある不安さえも暴くかのようで、彼の顔から笑顔が強張った。

 アレン(ノア)は、その視線が交わった瞬間、目を逸らさなかった。ただ静かに、深く彼を見つめ返し、そして、城壁の影の中へと音もなく姿を消した。

(あの兵士……誰だ?なぜだか分からないが……妙に気になる)

 翔の胸に、説明のつかない棘が刺さった。

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