第3話 映し合う影
朝焼けが湾を染める中、UI-01は依然として少女エマの前に浮かんでいた。光の膜は薄れ、彼女と母親は再び手をつないでいたが、誰もが感じていた——何かが始まった。未知知性体は、ただの脅威ではなく、鏡だった。人類が投げかけるものを映し、返す存在。
危機管理センターは一晩中、議論と解析に追われた。UI-01の波動は、言語化可能な断片に分解されつつあった。AIの翻訳アルゴリズムが、少女との“対話”から単語を拾い上げる。「家族」「好奇」「見る」。断片的だが、意図は明確だ。UI-01は観察し、学んでいる。
「対話を続けるべきだ」。科学者チームのリーダー、Dr.サラ・リンがホログラム会議で声を上げた。「攻撃は吸収される。だが、コミュニケーションは通じる。少女が証明した」
軍事派の将軍が反発する。「それは罠かもしれない。子供を囮に使っている可能性は?」
だが、衛星データは議論を裏切らない。UI-01が攻撃を受けた場所では都市が消え、沈黙した場所では静止する。そして今、エマの無垢な行動に応答し、初めて“対話”を試みている。会議は結論に至らず、ただ一つ決まった——エマを現場に留め、観察を続ける。
湾岸では、エマが再び手を上げる。UI-01の表面が波打つように反応し、今度は“腕”ではなく、球全体がゆっくりと変形する。流体のように、立方体へ、円錐へ、そしてまた球に戻る。子供たちの群れが歩道に集まり始め、親たちの制止を無視して指をさす。「動いてる!」「話してるみたい!」
エマが叫ぶ。「ねえ、なんで来たの?」
空気が震えた。UI-01の模様が、複雑な幾何学模様に変わる。衛星が捉えた波動をAIが解析し、モニターに単語が浮かぶ。「探す」「知る」「映す」。意味は曖昧だが、センターの全員が息をのむ。UI-01は質問に答えたのだ。
「目的は何か?」サラがマイクに叫ぶ。エマに指示を飛ばす。「もう一度聞いて!」
エマは無邪気に繰り返す。「なんでここにいるの?」
UI-01の光が強まり、湾の水面が鏡のように輝く。模様がさらに変化し、今度は明確に“目”のような形状が浮かぶ。その視線は、エマを通り越し、背後の都市へ。ビル、道路、人々のざわめき。全てを映し込むように、光が揺れる。
センターのスクリーンに、AIの解析結果が映し出される。「目的:観察。対象:人類。行動:反映」。サラが呟く。「私たちを見ている。まるで、私たち自身を私たちに示すために」
そのとき、異変が起きた。UI-01の光が突然鋭くなり、湾岸の空に歪みが走る。空間が折り畳まれるように、ビル一棟が一瞬で輪郭を失い、ガラス化した地面だけが残る。叫び声が上がり、人々が散り散りに逃げる。エマは母親に抱きかかえられ、歩道から引きずられる。
「攻撃か!?」将軍が叫ぶ。だが、衛星映像が真実を映す。消えたビルは、軍事施設の地下に繋がっていた。極秘のレーザー兵器が、UI-01に向けて発射準備をしていたのだ。発射前に、球が“反応”した。
「撃つな、と言ったはずだ!」サラが怒鳴る。無線が再び「撃つな」で埋まる。だが、遅かった。UI-01の模様が激しく振動し、湾全体が光に包まれる。誰もが最悪を覚悟したその瞬間、球は再び静止した。光が収まり、模様がエマの笑顔を模倣する。
エマが、母親の手を振りほどいて叫ぶ。「ごめんね! 怒らないで!」
UI-01の“目”が、彼女に固定される。波動が再び響き、AIが翻訳する。「怒り:なし。反応:均衡」。球は攻撃を“返す”のではなく、警告しただけだった。
センターの空気が重くなる。UI-01は人類の行動を映す鏡だ。攻撃には破壊を、好奇心には対話を。そして今、謝罪には——静寂を。
夜が訪れ、UI-01は湾の上に浮かんだまま、微かな光を放つ。エマは歩道で寝息を立て、母親の膝に寄りかかる。サラがモニターを見つめ、呟く。「私たちがどう振る舞うかで、こいつの答えが変わる。問題は、私たちが自分自身をどう見るかだ」
UI-01の模様が、星空を映すように揺れる。人類は、鏡の中の自分と向き合う準備を迫られていた。