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タンデム  作者: 石月 主計


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4.潮風のタンデム

朔也は、陽翔の部屋でライダースジャケットに袖を通していた。革の感触が、陽翔のぬくもりの名残のようで、胸が熱くなる。同じサイズだと思っていたのに少し大きい。それでも、きついよりマシだと自分に言い聞かせた。


グローブも手に嵌める。そして、ヘルメットを小脇に抱えた。


家族は、朔也が悠哉とツーリングに行くことを反対した。


「あなたは、その男に騙されてるのよ」


「けしからん奴だ」


散々な言われ方をして、思わず反抗してしまう。


「悠哉さんはいい人だよ。母さんも父さんも、よく知らないだけだ」


それでも、通夜の席であんな姿を見てしまった両親の考えは変わらなかった。こうなったら強行突破である。陽翔がそうだったように。


遠くからバイクの排気音が聞こえて、朔也は慌てて階段を下り、外へ出た。途端に母親が追いかけてくる。


「行っちゃダメ!」


「別にいいだろ。受験勉強の気晴らしをしたいんだ」


思えば、陽翔もこんな風に母親と言い争っていたのだろう。それが母親を傷つけると知りながらも、朔也の動き出した気持ちは止められなかった。


悠哉のバイクが横づけされるなり、ヘルメットを被って後ろに乗る。戸惑う悠哉に


「行ってください」


と声をかけると、バイクは一目散に走り出した。


もちろん、そのまま走り続けて良いはずがない。バイクはTANDEMに立ち寄る。朔也は初めて身に着けたライダースジャケットやヘルメットを、悠哉に直されていた。なすがままの朔也を見て、稲岡はニヤニヤする。


「バイクは初めてなんだ。手荒な真似はするなよ」


茶化すような声に、朔也は顔を赤らめる。けれども、不思議と悪い気はしなかった。悠哉は稲岡に親指を立てて安心させる。そんな姿さえ頼もしいと朔也は思った。


バイクは再び走り出す。朔也は自然と悠哉の腰にしがみついていた。加速するたびに、震動が体中に伝わってくる。風を切る音と排気音が一体化して、朔也を包んだ。そして、目まぐるしく流れていく景色。すべてが新しくて、鮮烈だった。


(陽翔は、こんな世界に身を投じていたのか……)


そう思うと、朔也は陽翔と一つになれたような気がした。


郊外の町並みを抜けると、急に視界が開けて、紺色の水面が見えてきた。風が潮の匂いを運んでくる。悠哉は少し減速して、後ろを振り返らずに叫んだ。


「気持ちいいか?」


ヘルメット越しで声は聞き取りにくいが、朔也は力いっぱい頷き、腰に回した腕に力をこめた。それを合図にバイクは加速する。風に押されながら、それでも前に進む感覚が、まるで新しい世界に足を踏み入れているように思えて、朔也は少しだけ泣きそうだった。


やがて海辺のパーキングに着くと、バイクを降りた朔也は体をふらつかせた。すぐに悠哉の大きな体が抱き留める。


「疲れたか?」


心配そうな顔で覗き込まれて。朔也は首を振った。


「違うんです……。ヘルメットを外したら急にバランスが取れなくなって」


悠哉は少しだけ目を瞬かせ、やがて優しく笑った。


「初めてだからな。そのうち慣れるさ」


潮風が頬を撫でる。空は限りなく高く、どこまでも青かった。波の音だけが静かに響いていて、人影のない砂浜には、ただ時間だけがゆっくりと流れていた。


悠哉が自販機で何かを買って戻ってくる。手にしていたのはコーラとコーヒー。無言のままコーラを差し出してくる。朔也は軽くお礼を言って受け取った。


一口飲むと、喉の奥で炭酸が弾けた。ひんやりとした刺激が体を駆け巡る。


「美味そうだな。少し、飲んでもいいか?」


物欲しそうな目をする悠哉に、朔也は何の迷いもなくコーラを差し出す。その代わりにと、悠哉から渡されたのは、開けたばかりの缶コーヒーだった。


朔也は手の中のそれを見つめ、少しだけ戸惑う。


(……口、つけてたやつだ)


そう思っても、自然に口をつけていた。ほんのりと甘く、少しだけ苦い味。冷えているはずなのに、なぜか体の奥に熱が宿っていく。


「これ、俺の好きなやつなんだ」


照れたように笑う悠哉。朔也もそれに応えるように、フッと微笑んで、手元の缶を見つめ直した。



それから二人は一緒に海岸を歩いたり、波と戯れたり、たくさん写真を撮ったりした。遊び疲れると砂浜に腰を下ろし、並んで海を眺めた。潮騒の音だけが二人を包む。


「陽翔がさ、よくここに来たがってたんだ。夜中にバイク飛ばして、朝焼けを見ようって」


悠哉がぽつりと話す。朔也は頷きながら砂をすくった。陽翔の指も、こうしてこの砂を感じていたのかもしれない。


「兄は、悠哉さんのことが好きだったんですね」


どうして、こんなことを口走ったのかは分からない。ただ、二人の間には朔也が割り込めない絆があるように感じられた。


「好きだったというか……」


悠哉は少し目を伏せて、言葉を選ぶように続けた。


「一緒に走って、笑って、たまにケンカして……ただ、それだけだよ」


そう言いながら、どこか遠くを見るような目をしていた。


「僕は……兄の代わりになれると思いますか?」


朔也は遠慮がちに呟く。悠哉はハッとして朔也を見つめ、少しの間、何かを言いかけては飲み込むような仕草を見せた。


「朔也くんは朔也くんだよ。陽翔じゃない」


優しく諭すような声。けれども、どこか突き放すようにも聞こえた。


そして、二人ともそのまま黙り込んでしまう。息がかかるほど近くにいるのに、あと一歩を踏み出せない。まるで見えない壁があるかのように。


「ごめん、そろそろ帰らなきゃいけないな。雲行きが怪しそうだ」


悠哉が指す方には黒い雲が見える。朔也は言いようの知れない寂しさに襲われた。


「また、連れてきてくれますか?」


「もちろんさ」


「じゃあ、約束」


そう言って自分から小指を差し出す。悠哉も小指を絡めた。同じもどかしさを悠哉も感じてくれたらいいなと、朔也はただ願うばかりだった。


手を引かれてパーキングへ向かう。振り向くと、砂の上に残された二人分の座った跡が、波に洗われて消えていった。

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