第8話:グレースの才能と共闘の約束
ギルドの扉を開けると、すでにグレースが待っていた。
「おはよう、グレース」
「……おはよう」
相変わらず控えめな声だったが、以前よりは少し慣れたのか、目を合わせてくれるようになった。
「さっそく今日の依頼を決めようか」
俺たちは依頼が貼り出されている掲示板へ向かった。そこには様々な討伐依頼や採取依頼が並んでいる。
「どれがいいかな?」
グレースに尋ねると、彼女は少し考えたあと、静かに言った。
「……三好さんに、まかせる」
完全にお任せらしい。ならば、無理せず一人でも討伐できるような依頼がいいだろう。
俺は比較的簡単そうな「トゲリザード討伐」の依頼を選んだ。トゲリザードは凶暴な魔物ではあるが、一対一ならば問題なく倒せる相手だ。
「じゃあ、これにしよう。トゲリザードの討伐依頼だ」
「……わかった」
グレースは小さく頷き、俺たちはギルドを後にした。
目的の場所は、村の近くにある岩場だった。トゲリザードは乾燥した地形を好むため、このあたりによく出現する。
「グレース、俺が全部倒すから、君は見てるだけでいいよ」
「……うん」
グレースは短剣を手にしていたが、構える様子もなく、俺の後ろに立って見守るだけだった。
「よし、行くぞ!」
俺はトゲリザードの群れに向かって駆け出した。
まずは一匹。素早く踏み込んで、剣を振り下ろす。トゲリザードは鈍い咆哮を上げて倒れる。
次の一匹が飛びかかってくるのを、横に回避しながらカウンター気味に剣を突き刺す。
「これで……終わり!」
最後の一匹を切り倒し、息を整える。
「ふう、全部倒したかな?」
そう思った瞬間——
「——っ!」
不意に背後から殺気を感じた。
しまった! まだ残っていたのか!?
俺は振り向こうとしたが、間に合わない。トゲリザードが鋭い爪を振り上げ、俺に襲いかかる——
その時。
シュッ——!
細い影が素早く俺の横をすり抜けた。
「……!」
グレースだ。
彼女は驚くほど素早い動きでトゲリザードの背後に回り込んだ。
「……っ!」
一瞬の間。
短剣が光り、次の瞬間には、トゲリザードの首元に鋭く突き刺さっていた。
グレースの動きは完璧だった。
トゲリザードは断末魔を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
俺は目を見開いた。
「グ、グレース……?」
「……倒した」
グレースは淡々と言う。
「す、すごい……! なんでそんなに戦えるんだ?」
「……お父さんが、教えてくれた」
お父さん? つまりテイストキング? そういえば、彼もただの料理人とは思えない風格だった。もしかして、戦闘の心得もあるのか……?
俺はまだ驚きが抜けなかったが、グレースは落ち着いた表情のまま、短剣を拭っていた。
戦闘が終わり、俺たちは倒したトゲリザードを並べた。
「グレース、料理はどうする?」
「……今、する」
彼女はさっそく準備に取り掛かった。魔物の皮を剥ぎ、肉を取り出し、持参していた香草やスパイスを使い、調理を始める。
焚き火の上に鉄板を置き、肉が焼ける音が響く。
香ばしい匂いがあたりに漂い、俺の腹が鳴った。
「お、おお……!」
焼き上がった肉は、まるで高級なステーキのように美味しそうだった。
「……食べて」
グレースが皿を差し出す。
俺はさっそくひと口頬張った。
「……う、うまい!!」
前回のスパイクボアも美味かったが、今回のトゲリザードはまた違った旨味があった。歯ごたえがありながらも柔らかく、噛むほどにジュワッと旨味が広がる。
「……私、もっと上手くなりたい」
グレースがポツリと言った。
「魔物を倒して、素材を知って、それを調理する……それを繰り返せば、もっと美味しい料理を作れる」
彼女の瞳には、強い意志が宿っていた。
「だから……三好さん、これからも一緒に魔物を倒してほしい」
俺は少し考えた。
俺の目的はBランクになって、最低限の依頼をこなして楽に暮らすこと。魔物を倒すことは避けられないが、どうせなら美味しく食べられた方がいい。
「……じゃあ、俺がBランクになるまで、協力するよ」
「……本当?」
「本当さ」
グレースは少しだけ微笑んだ。
「……ありがとう」
こうして、俺とグレースの共同戦線が本格的に始まった。