第29話 「料理と冒険、どっちが本業?」
朝の陽光が窓から差し込み、一日の始まりを告げる。家の中はすでにいい香りで満たされていた。厨房ではグレースが黙々と弁当作りに励んでいる。彼女の手際は見事なもので、材料を次々と処理し、鮮やかに弁当箱へ詰めていく。その横ではマリアがせっせと手伝いながらも、時折グレースの動きを真似しようとして失敗し、小さく舌を出して謝る。
一方、三好はまだ寝ぼけ眼のまま食卓につき、出来上がったばかりの朝食弁当を受け取ると、いつものようにため息をつく。
「俺たち、何か間違った道を歩んでないか……?」
そう呟きながらも、目の前の弁当を食べ始める。味は絶品で、文句を言いたくても言えないのがもどかしい。カオルもまた、朝食を済ませるとウォーハンマーを背負い、準備万端の様子だった。
こうして、一日の流れは決まっていた。朝にグレースが弁当を作り、昼間は三好、グレース、カオル、マリアの四人で魔物を討伐し、その間クルミが店番として弁当を販売する。そして夕方に帰宅すると、グレースが晩御飯用の弁当を作り、夜は全員で店の前に立って販売を行う――そんな日々がしばらく続いていた。
だが、ある日、販売中に異変が起こった。
「カオルさんって、彼女とかいるんですか?」
「えっ!? い、いませんけど……?」
「よかった! じゃあ、また明日も来ますね♡」
最近、カオル目当ての女性客が急増していた。カオルのボーイッシュで美しい顔立ちが女性たちの心をくすぐったのか、次第に店の前にはカオルに話しかける女性客の列ができるほどになっていた。
それに加えて、クルミの存在も店の人気を押し上げる要因となっていた。彼女は可愛らしいメイド姿で接客をしており、男性客が次々と訪れるようになったのだ。
「メイドさん! このお弁当、一番オススメなのはどれですか?」
「ふふっ、お客様のお好みによりますが、今でしたら特製モンスターカツ弁当が人気ですよ♪」
「じゃあ、それを三つ!」
「はいっ♪ ありがとうございます!」
クルミが笑顔で接客をすると、男性客たちは照れたように顔を赤らめながら弁当を買っていく。
気がつけば、店は大繁盛していた。
三好は弁当屋の売れ行きを見ながら、ぼんやりと考え込んでいた。
「俺たち、冒険者だよな……?」
本業を完全に見失っている気がしてならなかった。魔物を討伐するのは副業で、弁当屋が本業になりつつある。
そんなある日、店の前に一人の男が現れた。
「ほう……ここが噂の弁当屋か……」
その声を聞いた瞬間、グレースの手が止まる。そして、顔が青ざめる。
「……まさか……」
男はがっしりとした体格で、立派な髭をたくわえた中年男性だった。派手な赤いコートをまとい、腰には黄金に輝くスプーンを携えている。その姿を見た三好は、気付いた。
「お父さん?」
「……うん……」
グレースは小さく頷くと、まるで幽霊でも見たかのような表情で呟いた。
「……お父さん……テイスト・キング……」
「へ?」
三好は思わず声を出した。
「お久しぶりです。」
「うむ!」
男は胸を張り、堂々と笑った。
「そうだ! 私の名はテイスト・キング! モンスター料理会の会長にして、このグレースの父親だ!」
店の周囲がざわめく。まさか、モンスター料理会の会長がこの弁当屋に現れるとは、誰も思っていなかった。
「お父さん、どうしてここに……」
「決まっておる! 娘の料理が絶品だという噂を聞きつけてな、確かめに来たのだ!」
そう言うと、テイスト・キングは店先の弁当を手に取り、一口食べた。
次の瞬間、彼は上半身裸になり、
「ほほぉぉぉぉぉぉ!!!」
テイスト・キングは感動したように天を仰いだ。
「う、美味い!! いや、これはもう芸術だ! グレース、おぬし、こんなにも料理の腕を上げたのか!?」
「……そりゃ、いろいろあったし……」
グレースは複雑そうな顔で視線を逸らした。
「ふむ……そこでだ」
テイスト・キングは真剣な顔になり、グレースを見つめた。
「グレース、モンスター料理大会に参加せぬか?」
「モンスター料理大会……?」
「そうだ。国内の料理人が一堂に会し、最高の料理を競い合う祭典……。料理人としての名誉をかけた戦いだ!」
しかし、その言葉を聞いたグレースの表情が曇る。
「……私、出ない」
「なにっ!? なぜだ!?」
「だって、人前に立つのは苦手だし……。私はただ、美味しい料理を作れればそれでいい……」
グレースは俯きながら、弱々しく言った。
「……ふむ、なるほどな」
テイスト・キングは腕を組み、じっと娘の様子を見つめた。そして、一度目を閉じ、深呼吸してから、再び口を開いた。
「……では、三好」
「え?」
「おぬしからも説得してやってくれ! こやつは、昔からこういうところがある。だが、この大会に出れば、もっと料理の世界が広がるはずなのだ!」
三好はグレースをちらりと見た。彼女は少し困った顔をしている。
しかし、出たくないというわけではなく、単に勇気が出ないだけのようにも見えた。
三好は小さくため息をついた後、グレースの肩をぽんと叩く。
「グレース、俺も一緒に付いて行くからさ、出てみないか?」
「……え?」
「お前の料理の腕前は間違いなくすごいんだし、自信を持っていいと思う。お前の作る料理が、国中の人に認められるチャンスだろ?」
三好の言葉に、グレースは一瞬目を丸くした。そして、しばらく考え込んだ後、小さく頷く。
「……わかった。三好が一緒にいてくれるなら……出てみる」
「おおっ! それでこそ我が娘よ!」
テイストキングは満面の笑みを浮かべた。
「では、大会の詳細は後日知らせる! 期待しておるぞ!」
そう言い残し、テイストキングは意気揚々と店を後にした。
三好はその後ろ姿を見送りながら、再びぼやいた。
「……俺たち、ホントに冒険者だよな?」
カオルとマリアは顔を見合わせて、くすくすと笑った。
こうして、新たな挑戦――モンスター料理大会への道が開かれたのだった。




