7.私、場違いよねぇ
「戦が終る少し前、最前線にいた妹に渡そうとしたんだが」
暗い話に違いないわよね。
『お兄様の瞳の色なんて恋人でもあるまいし、重たすぎるし気持ち悪いですわ!』
フッと縦線が入った顔をしているのは気のせいかしら。
「奴の前の代である西の魔法使いに頼みこんで作ってもらったんだが、まるでゴミを見るような目だった」
なぜだか隊長さんが、とても可哀想になってきた。けれど、そこまで深刻そうではなさそうで良か……。
「妹は終戦の二日前に死んだ。前線は敵味方折り重なり見つけ出すのに時間がかかった。もし、その耳飾りをしていたら正確な位置が早くに分かっていたはずだった」
暗い話だった。しかも悲しいやつ。そして予想通り、私には過分すぎる。
「やっぱり貰えません」
片方になってしまったけれど、私が身に付ける様な品ではない。私は、左耳に残っている飾りを外して彼の前に差し出した。
「あの?」
伸びてきた手は、ピアスを手にする事なく、私の指をまるでピアスを包むように覆った。
「以前も忠告をしたが、これから貴方にとって煩わしい者達が増えていく。勿論、利に繋がるモノもあるかもしれないが、大半は疑ったほうが身のためだ」
分かってるわ。人によっては下らない、偶然な話と思うかもしれないけれど、未来を知ることが可能ならば、興味を持つ人はいるでしょうね。特に欲深い人間は。
「ある程度資金が貯まったら、視ません」
ビー玉もどきで未来を視たのは偶然とはいえ、それをお金稼ぎに利用したのは間違いだったのかもしれない。
お店のドアを片っ端から叩いて皿洗いでも、なんでも働かせてもらうべきだった。
ぎゅっ
手を握られて、意識を違うことに飛ばしてしまっていた事に気づいた。そう、今はピアスの話よね。
「嫌でなければ使ってくれ」
何故、貴方のほうが困ったような表情をしているの? 顔は窓に向いているのに、チラリと見ないで欲しいのだけど。
「では、お借りします」
もう、この際だからレンタルにすれば良いのよ。壊したら、弁償しなければならないけれど。
「俺は周囲に頑固だと言われているが、貴方も」
ギロッ
「いや、……忘れてくれ」
この隊長さん、ジェイもだけど、一見荒っぽい態度や話し方をするけれど、きっと育ちとやらが良いのでしょうねと、こういう場面で感じるわ。
✻〜✻〜✻
〜♪〜♫〜♪
「おかしいわよね」
「「何が?」」
あの、やらかした日はともかく、私の日常は、大小あれど平和になるはずだった。
「なのに何故、私が夜会なんかに出ているのよ」
『きゃー!あの髪色は、西のリュシアン・リュア様ではなくて?』
『最近、お見かけしてないけれど、相変わらず素敵ね』
昔から思っていたけれど、全部聞こえているヒソヒソ話って意味あるの?
ターゲットの前に出て素敵!憧れます!隙間あるなら付き合って下さい!とか言ったほうが良くない?
よほど直球の方が高感度はいいわよ。まぁ、あくまでも私はそう受け取るわ。
『あちらはグレイン様ではなくて? 女性をエスコートしているなんて!あの女、誰かしら?』
だんだん口が悪くなっているから気をつけなさいな。そのグレイン様には筒抜けよ?
それもこれもコレが原因だろうし、もういいわよね。
グッ
「なんで手を離すのぉ?魑魅魍魎の巣窟なんだから、迷子になったら大変よぅ?」
「今夜は、俺がエスコートだと命を受けていたはずだが」
「あら、知らないの?貴様だけじゃあ不安だって。主催者が仰っていたわよぉ」
「そのまえに、その気持ち悪い話し方を止めろ」
左に隊長さん、右には、西の魔法使いさんに拘束、いえ、エスコートされた私は、王太子妃主催の夜会に参加させられていた。
華やかな生演奏、先程からずっと鼻がムズムズする、混ざりあった香水の香り。上をみあげれば、きらきらと輝く頭の上に落ちてきたら、迷わずあの世行きであろうシャンデリアが眩しい。
「仮面、黒で正解ねぇ」
「ブカブカですけどね。ないよりは心が守られています」
私一人だったら絶対に気配を消せていた。なのに仮面をしていても人物特定が出来てしまう二人に挟まれているのが、間違いなのよ。
「じゃあアタシ、飲み物とってくる。どうせすぐ帰るんでしょ?」
そう、礼儀として王太子妃には挨拶し、それが終わればさっさと帰るつもりだったのだ。
「食べ物、覗きに行こうかしら」
どんな食事が出されているのかは気になった。どうせ、もう来ることもないだろうし、沢山食べて帰るか。
「俺も行こう」
「子供じゃないし、大丈夫ですよ」
目と鼻の先である。
「三人」
「え?」
「貴方を見ている。いや隙ができるのを待ち構えている。どいつも評判が良いとは言えない輩だ。拉致され監禁されたい趣味があるなら止めはしない」
チラチラと視線は感じていたけれど。
「ハァ…すみませんが、お願いします」
拉致は誰だって嫌に決まっている。
✻〜✻〜✻
喧騒から離れたテラス席で、私はご馳走を満喫していた。
モキュモキュ
「座ったらどうだ?」
「此処にいたのぉ?ほら、果実水よ」
口に入れすぎたせいで話せないので目で飲み物を持ってきてくれた魔法使いさんにお礼を伝え、ピンクの透明な液体を飲み干した。
ゴクゴクッ
「ふー、ありがとうございます」
危うく窒息するところだった。
「で、挨拶は無事に済んだようね。何か言われちゃったかしらん?」
魔法使いさんの言う通り、今晩はのさようならでは終わらなかった。
『私の庇護下にあると周知させたくて招待したのだけど。どうやらそれでは足りないようだわ。私もなめられたものね』
確か二十八歳と記憶している王太子妃は、数回会っているが、なかなかに強そうである。まぁ、でないとやっていけないのかもしれない。
「声、聞こえないようにしたわよ?好きにしゃべったらぁ?あ、これイケる」
私のキッシュもどきを魔法使いはヒョイと口に放り込み満足そうにモグモグしている。美味しそうだから後にとっておいたのに。
「双子の息子達を視て欲しいと言われました」
「面倒ねぇ。唯でさえ継承権争いがありそうなのに」
今日の魔法使い様は、真紅のマーメイドドレスに剥き出しの肩といい、仕草さえも色っぽい。
「それと」
「まだあるのぉ?」
「グレイン様を護衛にと」
「えっ!この堅物を?」
チラリと隊長さんを見やれば、不機嫌そうである。いや、無表情だから正直、よくわからないが、機嫌は良いとは言えないだろう。
「これ以上迷惑をおかけするつもりはないので。まぁ、何かあっても、一度死んでるし」
死ぬのは怖いし、痛いのもイヤだけど。
「それは、どういう意味だ?」
「それ、どういう事なのぉ?」
あら?二人とも、何故そんなにも険しい顔をしているのかしら?