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6.散々な日の出来事は

「あの、帰っても良いですか?」

「まーだ」


 助けてもらったのは確かだし、お客様だしで強くは言いたくないけれど。


「お陰様で楽になったので」


 ずっと抱っこ状態なのよね。せめて降ろしてもらいたい。


「あ、そうだ」


 魔法使いのひらめきなんて、嫌な予感しかしないんだけど。


「あたし、両生体って言ったじゃない? これはどう?」


バフン!


「うぷっ」


 制止する間もなく強い風を顔面から浴びた。


「どうよ?」


 なにやら声まで低い。いや、抱えられていて見えないので、仕方なく後ろを向けば、中性的だけど完全に男性な姿が現れた。


「我ながら素材の出来が文句無しだよなぁ」


 流していた赤い髪は高くポニーテールに結われており、何故か胸元のボタンを外しまくっているシャツ姿はだらしがないのに色っぽい。


「そうですね」


 ちんまりした私とは大違いである。


「女性とか男性とか関係なく、力強くて素敵だと思います」


 内側からの強さというのかしら。それが、とても綺麗だなと感じるわ。


「褒められ慣れているけど、そんな言い方されたの初めてかも」


ぎゅっ


「ちょ、苦しいし近い!」

「近いのは別によくない?」

「良いわけない!」


 背後から抱きしめられるなんて、もう記憶の奥底過ぎて耐えられない。これが、さっきからずっと続いているの。


おかしいわよね?


「あの、魔法使い様」

「リュアンって呼んで」

「り、リュアン様?」

「うん、それが本当の名だから。で、何?」


 ニコニコとしてまるで子供みたいだわ。


「そろそろ帰宅したいのですが」


 相変わらず空しか見えないけれど、日が傾いてきた気がするし。此処に来て一時間くらいかしら。お腹を温めてもらい、月のものに良いとココアのような飲み物を出してもらい薬草の痛み止めも半ば強引に飲まされた結果。


「腰が軽くなり、痛みも治まりました」


 なんだか謎が多そうな人だけど、この世界の痛み止めもよくわからないし本当に助かった。


「残念だなぁ、俺はまだこうしていたいけど。イヤ?」


 だから、ぎゅっとしないで。密着感がすごいのよ。


「くっついてると温かいじゃん」


確かに、ぬくい。いや、違う。


「あ、恋人とかいる? 可愛いもんね。ちっさくて庇護欲みたいなの感じる奴はわんさか湧いてきてそう」

「今も昔もいないですよ。それに背は確かに低めかもしれないけれど他は笑えない冗談ですね」


 何をべらべら言っているのかしら? 下らない事を話している場合じゃないのに。


「魔法使いさ」

「リュアン」


もう、頑固ね。


「リュアン様、明日の準備もあるのでそろそ」

「あ、やっと来た」


何がと聞く前に。


ドカン!!


 爆音が響き、何かがパラパラと降り掛かった。


「お前さー、ドアは引っぱんだよ」

「黙れ」


 とっさに顔を腕で覆ったけど目の前は真っ白で。あぁ、魔法使いさんの腕だわ。それより、この声。


「無事か?」


 抜き身を掴んだまま、大股で歩く隊長さんは、いつもより殺気立っていて。


ポンポン


「ちょっと、怖がってるから」


 私の強張りを察したのか、魔法使いさんに頭をポンポンされた。つい先程までベタベタされるのがうっとおしく感じていたのに腕の中がホッとするなんて不覚だわ。


「誰のせいだと思っている。ジェイ・ダイアンが大騒ぎしているぞ。それだけではなく王太子妃の専属騎士までも動いている」

「ふーん。お嬢ちゃんは人気者ねぇ」


 そんな事を言われても、不可抗力だったし。ただ、ジェイは面倒だわ。彼は、やたら話が長いのよね。


「つ、」

「グレイン、コレ、俺が壊したから新たに作るわ」


 壊れていない、片方を触られ、触れられた指が耳をなぞりゾワっとして声が出てしまった。というか、降りなくてはともがけば、やっと解放された。


「サクラなら、もっと居てもいいのに」

「ちょ」


 耳に息を吹きかけながら言わないでよ。


「リュシアン・リュア、刻まれたいのか?」


 隊長さんの声が強すぎる。でも、出口は彼の後ろなのよ。


「どちらでも構わないのですが、帰り道を教えてもらえますか?」


 お店を放り出してきてしまっているし、とにかく帰らないと。


「お嬢ちゃん、まさか徒歩で帰るつもり?」

「ええ。お金も持っていないし」


 転移という魔法は残念ながら私には使えないもの。


「徒歩だと王都まで休み無しで歩いても三日はかかるが」


三日ですって?!


「そうよ〜、東西南北にそれぞれ魔法使いの塔があるんだけど、ここは西の塔よ」


 いつの間にか妖艶な美女の姿になった魔法使いは、爪の手入れをしながら教えてくれた。


 どうしよう。三日だなんて。明日は、午後から予約入っているのに。


「送っていくのは良いけど、ジェイに捕まりたくないのよねぇ。アイツ話が長いのよぉ」


特に説教がね。分かるわ。


「まぁ、連れてきたのは私だしね。グレイン、コレ使いな」


 何やら魔法使いが宝石のような石を隊長さんに投げた。


「お嬢ちゃんの体調が悪いから騎乗は無理だから馬車を貸してあげる。ゲートはそれで開くから。どうせ王都に戻るんだろうから送っていきなさいよ」


 ゲート?何かの門かしら。言葉は理解できるけれど、意味が分からない事もまだ多々あるのよね。


「体調、大丈夫ですか?どこが」

「今は、平気です」


 恥ずかしがる事でもないけれど、あまり言いたくはない。

 

「サクラ」

「わっ」

「薬をもってけ。さっき飲んだのと同じやつな」


 ポンッと小さな紙袋を投げられたのをなんとかキャッチすれば、痛み止めをくれた。


え、とても嬉しい!


「ありがとうございます」

「……ヤバ」


 つい、満面の笑みを浮かべてしまった。あら、何か変だった?


「未来屋、行こう。グズグズしていると夜中になる」

「え、ええ」

「またね〜」


ヒ ラヒラと手を振る美女を背に、私は、かつて扉であった今は大きな穴を通り抜けた。




✻〜✻〜✻



「……その耳飾りは、妹に渡すはずだった物だ」


 シンッとした帰りの馬車の中で隊長さんと二人きり、なにやら重苦しい話が突然、始まろうとしていた。









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