4. おせっかいなのかもしれないけれど
シャラン
まるで影が滑り込むように店に人が入ってきた。
「はぁ、遅れたな。君が店主?予約していたロイド・ラングだ。まだ大丈夫かな?」
内鍵をかけるように言い忘れたのもあるけど、騎士の人って採用条件に容姿もあるのかしら?
キラキラしていて眩しい。自ら発光しているの?
「副団長」
「あ、やっぱり本人じゃないと駄目だったよな?」
このキラキラ君は、どうやら副団長らしい。さては、ジェイがわざと事前資料に役職を記載していなかったのかしら。
『ぷっ反応面白っ』
今頃、彼がニヤついているであろう様子と台詞が浮かびイラッとした。
「基本は、予約された方のみの入店なのですが」
来店者の悩みは様々だけど、共通しているのは、他者に聞かれたくない、知られたくない。
けれど、誰かに吐き出したい!
人は溜め込むことには向いていない生物なのかもしれない。
「コイツは安全だよ。端の椅子を借りても?」
どうやらグレインさんも部屋に居るようだ。この前の不審者の件もあるから、気まずいなぁ。
「さて、まずは礼を伝えに来たんだ。部下を助けてくれてありがとう」
不味い展開かしら。いや、でも悪い事はしていないもの!
「グレインが、花祭りの時に」
「……何の事でしょうか?」
あの時、私はベールをしていなかったけれど髪と瞳の色は変えていた。何よりも、私は、ジェイ以外で本来の姿を晒していない。
「──まぁ、今は、そういう事にしておくか」
今はという含みがビシビシと伝わり怖い。
「奥に予備のカップがあるので、よろしければ使用して下さい」
もう、さっさと始めよう。とりあえず副団長さんを視ればいいわけよね。
私は、気を取り直しベールの中でビー玉を彼に向け覗き込んだ。
「おそらく結婚式だと思うのですが」
人が沢山いるわね。
「いつかしら……あ、二十日後ですね」
隅っこの祝のボードのような所にタイミング良く日付が書かれていた。
「貴方の視た事、視たい事は全て分かるという事かな? 悪い、上手く説明が出来ていないな」
言いたい事は分かる。
「依頼主様にとって大切な事を視ていますが、希望通りの事を視れるとは限りません」
それが可能なら、もう既に国単位で大人気になれているはずだ。
「あ」
うーん、言わなくても良い気がするけど視ちゃったしなぁ。
「その日、お客様の左側の頬が腫れるので、その前に歯を食いしばるか、強く当たった風な演技がオススメです」
「え、俺が何かやらかしたって事?!」
私と歳は近いはずなんだけど、テンション高いなぁ。いえ、陽キャとは皆、このような感じなのかもしれない。
「避けられない道といいいますか」
おそらく彼を強烈な右ストレートでぶっとばしたのは、お嫁さんの父、即ち義父だろう。暴力は反対だが、漢という字がぴったりなくらいな姿だった。
「ふふっ」
「ん?」
「失礼致しました」
花婿を庇うように、今度は花嫁が父に腕を振り上げている姿とか、もうコントみたいな状態なんだもの。
「お二人の多幸をお祈り申し上げます」
皆が、とても幸せそうな様子に私までほっこりした。
「ありがとう。そうだ、今後、何かあった際に困るから顔を見せてもらえるかな?」
これは、どう対応するのが正解なのか。たがかベールという薄っぺらいレース一枚だけなのに、私の精神まで守られているコレを外すのは勇気がいる。
パサッ
「これで、よろしいでしょうか」
でも、副団長さんが言うように、もしかしたら、今後も縁はあるかもしれないと諦めベールを外した。
シーン
「宜しいでしょうか?」
「あ、ああ」
沈黙が長くない? 何故二人は固まったようだったのかしら?ふと端を見れば、隊長さんまでこころなしか目が開いている。
あ、私の地味すぎる容姿に驚かれたとか?はたまた髪とか口にゴミが付いていたり? けれど仕事前に服装チェックはしているわね。という事は容姿かな。
「不躾にみつめて悪かった。予想していたより若くて驚いたんだ。落ち着いている店主だと聞いていたのもありで」
若さだったのね。
「見苦しくなくて良かったです。視るという事については一日一度きりの為、まだ残り時間はございますが、どうされますか?」
そう、視れるのは一人につき一日一回だけ。まだ試していないけれど、このガラス玉には謎がありそうだ。
「んー、じゃあ変わりにコイツと話をしてもらえるかな?未来を見る必要はないよ。ただ話だけ」
え、それはちょっと嫌かも。
「それは」
「悪い、呼ばれたみたいだ」
「え」
彼の首から下げていた石が光って点滅している。通信機なのかしら。
「代金ここかな? 貴重な情報、助かったよ。お釣りはいらないから何か買ってね」
シャラン
依頼主ではないから難しいと伝えたかったのに無常にも去ってしまった。一番連れて行って欲しい方を残して。
「「……」」
私は、特に話す事はないのだけど。
「花祭り、君だろう?」
またそれか。頷きたくないけれど嘘もつきたくはないなぁ。どうせ嫌味とか言われるんだろうし。
「ありがとう」
えっ?
「あの時、人を追っていて油断していた。私の落ち度だ」
てっきり、何か小言をもらうと思っていたんだけど。
「貴方の能力を疑って済まなかった」
謝罪までされてしまった。じっと注がれる視線に居心地が悪くなる。
「いえ、怪我をされなくてよかったです。視る力は、疑われて当然だと思っているので」
この世界は、差があれど魔法を使える事が普通らしい。とはいえ、占いはあるけれど、未来を視るという人はいないらしい。
ようは怪しいのよ、私は。
「これを。もし何かあったら床に叩きつければ、身を守れる」
彼は、いきなり何かを取り出して仕切りの境界線の前に置いた。それは、よく見ると青い石のついたフック式のピアスのようだけど。
これ、高価な品だと私の勘は言っている。
「頂けません」
そもそも、今日の相談者は隊長さんではなく副団長様である。
「借りを作りたくない。それに、店を続けていくならば、これから危険に晒される事もあるだろう」
借りか。あの花祭り日は、ただの自己満足だったのよ。まぁ、爆走したのは、我ながら頑張ったとは思う。
あぁ、これは一歩も退く気はないようね。
「わかりました。頂戴致します」
しょうがないな。次の人も来てしまうし。ん? 笑った? 気のせいかな。一瞬、満足そうに笑みを浮かべたように見えたんだけど。
まさかね。
「申し訳ないのですが、時間になりましたので」
砂時計の上部は既に空っぽだった。
カチャン
「また、来ます」
冷めきった茶を飲み干し、カップを皿に戻しながら隊長さんは不吉な台詞を吐き出して帰っていった。
「ぼんやりしていられないわ。次の方が来てしまうわね」
仕切りに手を触れると一箇所だけ開くので、急いでカップを片付けていく。
「そういえば隊長さんって毎回お茶は全部飲んでいるわね。あ、これ」
ビロードの小さな箱に入れられたピアスの片方に触れてみた。
「これ、金かしら?」
青い花の蕾が下に向いているようなデザインで可愛らしい。こんな高価そうな物をもらって良いのかしら。
私は、正直、物よりも彼が目の前に怪我をせず立っていた事が、お礼を言われた事がむず痒くも少し嬉しかった。
「お礼なんて……むしろ私の方よ。私が、生きていて、存在していても悪い事ではないんだと思えそうだから」
もう、彼に危険な事が起こりませんように。
私は、見えない何かに願った。