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3.皆、悩みは絶えないのね


「政略結婚だと理解してますのよ。けれど、あんまりの仕打ちではなくて?」


お客様は、上品にハンカチで涙を拭いながらも口からは滝のように言葉が溢れている。これは、いつ止まるのかしら?


「そうですよね。あ、時間になりましたので、本日はありがとうございました。よろしければ右端にある菓子をお持ち下さい。気持ちが楽になりますように」


 私は、お互いが見えるよう中央に設置した砂時計の砂が完全に下に落ちきった事を確認し、お客様に退室を促した。


「あっという間ですのね。お陰で気分が少し晴れましたわ!」

「お力になれて嬉しいです。またのご来店お待ちしております」


 延長するとか、ここか変だという指摘もなく明らかに名残惜しそうだった。今後もご贔屓にしてもらっても良さそうだわ。


シャラン


「はー」

「いやぁ、上手いね。評判も上がっているだけはある」


 背景が寂しいのと仕切りに使用しているカーテンを空けてオーナーのジェイが、パチパチとうさんくさい拍手をしながら寄ってきた。


「急にいらっしゃるのはともかく、秘匿するという規則にしているので、お客様の話は聞かないようにして下さいね」

「まっじめだねぇ」


 お店として最低限のルールである。


「それにしても、紹介された方のみ予約制はなかなか良い案だったわ」


 開店した日、いきなり人が入ってくるのは、室内で待つ場所もないので酷く不便だと痛感したのだ。しかも、失礼ながら客の質がピンからキリまでなのよ。


「はいはい。あとさ、価格はもう少し上げてもよかったかなぁ」

「高すぎても場合によっては内容がマチマチですし。紅茶約二杯と小さなお菓子つきで妥当かなと。赤字になりますか?」


 日本円で三十分3500円にしたのだが採算がとれないならば、それは再考すべきだわ。


「いや、土地も建物も全てウチのだ。まぁ、空けとくより使ったほうが利があるしね。しかし、さくらの菓子は美味いね」

「それは、次の方お客様用です」


 来客のお土産にと小さな焼き菓子を用意しているのだが、それをジェイがいつの間にか勝手に食べている!


「君の事だから予備はあるんでしょ?」

ぐっ

「まぁ、ありますけど」


 でも、あくまでも予備なんだからね?


「これ、上で販売してもいい?勿論、作り方等を提供してもらう代金は支」

「どうぞ」


 お金になるなら意義なし。本来なら更に何かしらお願いするのもありかもしれないけど。


『もう、先の事を考えられるのは長所だな。俺の所に来る?後悔はさせないけど?』


 身元もしれない、変な事を話す人間を拾うだなんて、とてつもなくお人好しか変人のどちらか。 


「助かるよ。新しい菓子をどうするか悩んでいたらから。あ、コレが次の予約な」

「ありがとうございます」


 すこぶる機嫌の良いジェイから来店予定リストをもらいざっと目を通していくと幾つか気になる点が。


「あの、ロゼリア・ヴィ・ランガー様ですが」

「我が国の王太子妃だねぇ」


……やっぱり。ここはランガー国だと教えられたもの。


「何故、こんな開店間もない、しかも怪しいとしか思えない店に」

「普通にしていたら大丈夫。基本、見た目は厳しい感じだけど良い方だよ」


 大丈夫という台詞が未だかつて不安にさせられるのは何故か?しかも良い方とかフレンドリー過ぎないかしら?もしかして、ジェイも育ちが良さそうだし。


「余計な事は考えないようにします」

「それが一番だよ」


 ニッコリの意味は詮索するなという内容で合ってるかしら?


「じゃあ、次のお客さんが来そうだから俺は消えるね」

「あ」


 今後も続けていくなら細かい話をしたがったのだけど。風のような人だわ。


「いけない、お茶の用意をしないと!」


シャラン


「いらっ…しゃいませ」


 リストでは初めて目にした名だったから、当たり前に初対面かと思っていたら。


「グレイン・ラグナーだ」

「さくらと申します。どうぞお掛け下さい」


 名前は知らなかったけれど、顔には見覚えがあった。確か初日に現れた騎士様である。


 あの時の疑いに満ちた目は今も変わりないように見えるなぁ。


「知り合いに勝手に予約されていたんだ」

「そうでしたか」


 もう声のトーンで分かってしまう。  


『俺は、好きでこの場所にいるわけではないんだからな』


 まぁ、内なる声は、大体こんな感じかしらね。


「良かったらお茶とお菓子を召し上がって下さい」


 どうしようかしら?これは視ないほうが正解なのか。でも、お客様に変わりはないのだからと透けるベールの中でビー玉モドキを彼に向けて覗き込むと。


 これは、伝えたほうが良いけど信じるかしら。それに、いつ起こる事なのか。もっとよく見ないと──。


「もう、結構だ」


 彼が、椅子から立ち上がった為、映像はプツリと途切れてしまった。どうやら対象者が動くと視れないらしい。


また一つ学んだわ。


「あの、近々右の背後から刃物により怪我をされるかもしれません。人が多く混み合っている日です」

「根拠は?」


抑揚のない冷たい声ね。


「信じて頂くしかないですね。初対面に近い間柄で怪しいと思っている人間に言われても信憑性はないと思いますが」


  私が仮に逆の立場ならば、いいとこ半信半疑だろう。


「お菓子、大丈夫でしたか?」


ピクリ


 頬が微かに動き眉間の皺もこころなしか深くなったように見える。


『〇〇菓子店ではなくミレー店の花の形をした焼き菓子が良いようです』


 お店の名前は忘れてしまったけれど、何を視たかは覚えている。彼がお店で購入した菓子を食べた人が苦しみ倒れる姿。その購入した店の看板にはナッツの絵が描かれていた。だから、私は、知ったお店であり、ナッツに加えて念の為、卵もどき、牛乳もどきを使用していない花型の焼菓子を勧めたのだ。


「偶然だろうが、ミクルという木の実を食べると呼吸が困難になるそうだ」

「──良かった」


 映像は中途半端に途切れてしまっただけに心はザワザワとしていたので助かったと聞いて安心したわ。


 まぁ、未来を変えてしまう事に対しての不安はかなりある。けれど、既に私という存在がイレギュラーならば?


 ちゃんと考えてはみたけれど、結局は何が正解なのか分からなかった。


「信じなくて結構です。ただ、そう言う事を耳にしたなと記憶の端にいれてもらえたらと思います」


 じっと見つめ合ったのは数秒くらいか。彼はまだ口をつけていないカップの温かいそれを立ったまま一気に飲み干した。


カチャン


「邪魔をした」


 トレーにはいつの間にか代金がきっかり置かれていた。手土産のミニお菓子は忘れて行ってしまった。いえ、気づかないはずはないし、知っていての行動だろう。


「嵐のような人だわね」


まぁ、あの反応が普通だろう。


「それより、視えた内容が気になっちゃうなぁ」




✻〜✻〜✻



「気をつけろ!」

「すみません!」


 あぁ、私は休みの日に爆走して馬鹿みたいじゃない。


「はぁはぁ」


 けれど、あの時に映った旗に書かれた文字を知ってしまったら、無視はしづらいわよ。あの隊長さんが怪我した日は、春を祝う花祭りの日、つまり今日。


「あっ」


見覚えがある建物を見つけた。しかも、あの髪の色と制服は間違いない!


「ヨシッ」


 絶対目を離さないでたどり着くわよ。あと少し。


「あ、あの人」


 いかにも祭りを楽しんでいる雰囲気じゃないし、明らかに目がおかしい。


「どうしよう!」


 この距離では間に合わない。どうする?声もきっと、この喧騒では消えてしまう。


 ふと、屋台で売られている物にめがいった。


「お釣り、いらないです」

「え、ちょお客さん?!」


時間がない。


「けがしたくないなら私から離れて!!」


 私の周りにだけなら声は充分届く。


よく見て、落ち着いて。


 屋台で買ったソレはラケットとボールのセットだ。そう、ソフトテニスそっくりである。


「いっけー!」


 弾力のある球は、真っ直ぐに飛んでいく。


バコーン!!


 正確には、当たる音は聞こえなかったものの、怪しい男の頭に見事にクリーンヒットした。


 いや、健全なるスポーツの道具で人を狙ってはいけない。


「まぁ、今回だけ許してもらお」


バチッ


 急に振り向いた青い目と目があった。この距離で?


「勿論、逃げる一択」


 後から考えたら、店ではベールで顔は知られていないし、普通に素知らぬフリをすれば良かったのだ。


「まぁ、大丈夫っしょ。あ、ラケットだけなんだけど、いる?」

「え?」

「新品だから使って!」


 かといって証拠を持ち帰るのは嫌だったので近くにいた少年の手に無理やり握らせて早々に人の中へと身を滑り込ませた。





✻〜✻〜✻



「はぁ、平和で嬉しいなぁ」


 お客様を視ていて、そこまでトラブルにならない、また生命の危機に関する事がなかった私は、とてもリラックスしていた。


 だって、誰だって悪いニュースを伝えたいとは思わないじゃない?


「……ジェイは、この能力が珍しいとか貴重とか言うけど」


 人の未来が見えるなんて、嬉しくはない。


 どうせなら、賭け事に強いとか。シンプルで素晴らしいわよね。


シャラン


 あ、そうだわ。今日は新しいお客様だったはず。


「いらっしゃ…いませ?」


 そこには、隊長さん、グレイン・ラグナーが立っていた。


関わり合いたくない人がまた?


「失礼ですが、ご予約された際のお名前と一致しておりませんので、お帰り下さいませ」


 素直に帰ってくれますようにと思いながら私は、強力な営業スマイルを彼に向けて発動した。




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