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次の日、老婦人がまた話しかけてきた。
今度は私の左肩のすぐ上あたりを見ながら。
「おやおや、こっちはお嬢ちゃんかい。あんたも血まみれで痛そうだね。かわいそうに。でも私はもう今は力がなくて、なにもしてあげられないんだよ。ごめんね」
そして本当に悲しそうな色を顔に浮かべた。
いつもは呆けた顔で、表情と呼べるものはほとんど浮かんでは来ないというのに。
表情らしきものを浮かべたのは、初対面であるはずの、他の患者を見舞いに来た中年男性に「舞子!」と叫んで抱き着いたときくらいだ。
舞子とは、老婦人の孫の名前だそうだ。
見知らぬ中年男性と、女子中学生の孫を間違えるくらいにボケが進行している老人のいうことだ。
私はもちろん相手にしなかった。
しかし老婦人が右肩上と左肩上に話しかけてくるのは、一度や二度ではなかった。
ほぼ毎日なのだ。
それはもはや日課と言っていいほどだ。
内容もいつも同じ。
そしていつも悲しそうは顔をするのも同じだ。
それは病院内でも話題になった。
いろんな人に話しかける老婦人だが、同じ人に同じ内容のことを言うなんて、まずないのだ。
それなのに私の場合、いつも同じなのだから。
そしてしばらくして、ある話を聞いた。
それはかの老婦人が、ボケる前は有名な霊能者であったということだ。
終