創られた人
「結局、あの天啓恵って女の子は誰なんですか」
家に帰ってお風呂に入ってからは、ベッドにうつぶせになってじっとしていた。
健くんたちは当たり前のように言っているが、私は本当に見覚えない。
友達にも聞いてみたが、天啓さんのことも覚えていて、入学初日の自己紹介は迫力があったそうだ。
勉強面では健くんに劣らない程度ではなく、スポーツでも上位にランクインしているし、スタイルもいいし……いったいどこから飛び出してきた完璧な女なのよ?
「でも、みんなが見覚えがあるって言うんだから、もしかしたら私の勘違いかもしれないけど……」
「いいえ、間違っていませんよ。あなたが間違っているのではありません。世界が間違っているのです」
「ビーターさん!」
ビーターさんは、いつのまにか窓のそばに現れて、窓際に寄りかかっていた。
「ええと、世界が間違っているって……どういうことですか?」
「免疫細胞って知ってます?人間の体にウイルスができると、体が免疫細胞を作って侵入してきたウイルスを殺す……天啓恵はそういうものなんですよ」
「天啓さんは免疫細胞……」
「その通りです。未来から来たあなたの存在は、現在の世界にとってあなたはウイルスであり、異物なのです。故に、間違いを防ぐために、世界は天啓という免疫細胞を創ったのです」
「私を止めるために、天啓さんを創ったんですか?」
どうりで彼女に見覚えがないわけだし、他の人たちも最初から知っているような顔をしている。どうしてそんなことをするの、私は健くんと一緒にいたかっただけなのに……。
「まあ、好きな人は有名な科学者ですからね。付き合っているといろいろなことが変わりますよ」
私の顔から疑問を読み取ったかのように、ビーターさんは片足を組んで説明した。
「けど天啓が現れたということは、成功までもう一歩だけということですね。相手は何も感じていないわけではありませんよ」
確かに、私のしたことが健くんに影響を与えていないのなら、世界は天啓さんを創り出す必要はない。
──うーん、ということは、成功まであと少しというところでしょうか?
天啓さんが現れたということは、私のキスが健くんに影響を与えたということで、それを踏ん張ればいい。
「よし、またやる気が出ました!天啓さん、健くんは譲りませんよ!」
私はベッドから飛び降りて、そう宣言した。
◇
そう言ったけど、でも……、
「なんで天啓さんがここにいるんですか!?休日にも校則を守らなければならないのですか!?」
学校では天啓さんに邪魔されそうなので、休日に健くんと街に出た。ところが、私服を着た天啓さんが現れた。
「買い物に来ただけだよ。安心して。学校の外でも校則を守れと言うような堅苦しい人間ではないから」
嘘、絶対は嘘。
世界が創り出した存在として、ここに現れたのは、きっと私たちの邪魔をしにきたに違いないという天啓さんの言葉を、まったく信用していなかった。
「真宮、ここで会うとは。何を買いに?」
「コンピューターの部品と書籍だ」
「ああ、こんなものか……」
健くんが一枚の紙を取り出すと、すぐに天啓さんが近づいてきて、何度か目を通してからうなずいた。ちょっと、近すぎよ!
「ちょうど安い店を知っている。寄ってみるか──」
「わあっ、健くんー!」
健くんは天啓さんと何度か言葉を交わしてから、肩を並べて歩き出した。
ちょっと、私抜きで勝手に話を進めないでよ!私を置いていかないで、私も話に入りたい!
わ、私も、そういうことは少し知っているので、健くんの役に立てると思う!……たぶん。
いや、そんなに消極的になってはいけない、まだまだ!
「健くん、この映画どうですか~」
「おや、奇遇だね真宮──」
「え!?」
一週間後、健くんを映画館に連れて行き、雰囲気のいいうちにキス大作戦をしようと思ったところに、またしても天啓さんが現れた。
びっくりした。でも今回は覚悟を決めた──。
「すみません、天啓さん、私たちもうこの恋愛映画のチケットを買ってきました」
「そうなんだか、でも確か今その映画は中止になったよ?」
「何ですか!?」
すぐにカウンターに行って問い合わせてみると、水漏れのために映画の上映が中止になっていることがわかった。
「そんな……」
「あいにくね、私はたまたま別の映画のチケットがあった。SFが題材で、真宮はこれが好きだよね?時間を無駄にしないで、一緒に見に行こう」
天啓さんはチケットを二枚出して、健くんを連れて行ってしまった。
うう~まだまだ!
「健くん、ほら、山がきれいですね~」
健くんと一緒に山にキャンプに来て、これで天啓さんに会うこともないでしょう!そう思ったのだが……、
「やあ、偶然だね」
「わあ、出ました!」
「なんで妖怪を見たような顔をしている……あなたたちも星を見に来たのか?」
「うん」
「うむ、いいセンスねお二人とも」
何百年に一度の流星群があると聞いたので、健くんとわざわざ山に来た。目的は星を見ることじゃなくて、健くんの好感度を上げることなんだけど。
二人きりになれると思っていたが、まさかキャンプ場で天啓さんに会った。でも、それでも譲れない!
「健くん、お弁当作りました、食べてください~」
キャンプのために作ったお弁当、これで勝負──!
「お、私も弁当作ったよ」
「何ですって!?」
天啓さんが弁当を出してくれた、しかも三段!
「ええと、そういえば運動会で真宮に負けて、お弁当を作ってあげる約束だったんだけど、これでちょうどあげる……勘違いしないでよ!あなたのためにやったんじゃないんだからね!」
フンと鼻を鳴らして顔をそらし、天啓さんは健くんに重箱を渡した。
なんとツンデレ──!?
「どうしたの、見真も食べたいのか?」
天啓さんは、私がぽかんと口を開けるのを見て、重箱の卵焼きを口に入れてくれた。むむ……おいしい、負けた……。
趣味でも料理でも、天啓さんには勝てない……まだまだ!まだ海にも行けるし、水着を着たら!
「ふう、暑いね」
「でかいー!」
「何がでかい?」
「いえ……何でもありません」
ダメ、ダメだ、絶対に海に行ってはいけない。海に行って恥をかくだけ。コートを脱いだ天啓さんを見て、私は黙ってコートのファスナーを閉めた。
でも海にも行けないとしたら、どうやって天啓さんに勝てばいい?
……私が天啓さんに勝てるのは、やはり経験だけでしょう。
天啓さんがどんなに強くても、彼女は一度しか生きられなかった学生。そしてなんといっても私は二周目だから、間違いなく私の方が優位に立ててる!
うん、まだ勝算はある。一周目で学んだ技術を発揮して、健くんを私に恋させてやる──!!