それでも、やめたくない
私は急いで学校に駆けつけた。
教室に行くと、健くんはいつものように座って本を読んでいた。
昔の私なら、寄る勇気がなかったかもしれない。でも今の私はもう怯んだりはしない。
「健くん、何読んでるんですか?」
「サイエンス誌」
「え~何が書いてあるの?」
「人工知能」
「そうですか」
「……」
「……」
気まずい!何が書いてあるのかさっぱりわからない!
そもそも、健くんが普段読んでいる書籍はわかりにくいし。知ったかぶりをしていたら最後は前のように恥をかくだけなんだが、知ったかぶりをしないと、健くんと話す話題が全然なくて……。
ダメだ!このままに振り回されるわけにはいかない!!
私は気を取り直して、自分のやり方で攻めると決めた。
「健くん、休日空いてますか?」
「健くんを見てください。きれいな景色ですね」
「え、健くん、ほら──」
全然……ダメだ!!!!
遊園地やピクニック、水族館に連れて行っても、健くんはまだ私のことを好きになってくれなかった!
ひょっとして、健くんは人間ではなく、機械心臓を搭載した人工知能なのではないでしょうか……!
「わあ、大惨事でしたね」
「あ、ビーターさん」
ビーターさんは私の横に現れて首を振る。
「あなたの様子を見て、私も少し同情しました」
「……申し訳ありません。私の攻撃は、まったく役に立たなかったんです」
「それは必ずしも役に立たないということではありませんよ。だってほら、彼はあなたと一緒に行動することを厭わないでしょう」
「え?」
「考えてみて、あなたは好きではない男と付き合うことができますか?できませんでしょう。男性も同じで、好意がなければ決してあなたと出かけることを承諾しませんし、嫌ならきっとすぐに遠くに走ってしまいますよ」
嫌ならきっとすぐに遠くに走ってしまいますか?……ふと淳くんと仁くんのことを思い出した、胸が痛くなつた。うう、トラウマが爆発しそうだ。
ビーターさんは健くんが私と一緒に行動してくれるということは、私のことを嫌っていない証拠だと言ってくれたのは嬉しかったのだが……、
「健くんは私に好意を持ってくれることは嬉しいけど、このままじゃ卒業まで好きになってくれないような気がします……」
「そうですよね。あの人の愚かさは宇宙レベルですからね。普通の女の子が彼を落とすわけないでしょう、でもあなたは普通の女の子なの?」
「え、違うんですか?」
「ちぇちぇっ、違うんですよ、あなたが誰なのか忘れちゃいけませんよ」
チチチと指を振るビーターさん。
「もし一周目の見真純だったら失敗するに違いないが、あなたは一周目ですか?あなたは二周目の見真純でしょう、あなたは一周目にはないものを持っていますよ!」
指を二本伸ばしたビーターさんが、私の前にやってきて、肩を叩いて言った。
「一周目の手段だけを使うのではなく、もう二周目なのだから、全力を尽くし、手段を尽くして、本気を見せてあげましょう!」
「私の……ほんえ、そうですね……どうして思いつけなかったんですか……分かりました!ありがとうございます、ビーターさん、どうすればいいかわかりました!」
「わかったんなら早く行きますよ!」
「はい!」
たった今、夢から覚めたような気がしていた。ビーターさんのアドバイスで、どうすればいいのかわかってきた。待ってろ健くん、二周目の見真純の本気を見せてあげる──!
◇
放課後の教室、夕陽が差し込んで、教室を赤く染めている。
「……今は二人きりですね~」
私は健くんに背を向けて両手を後ろに組んで、遠くのグラウンドを見ていた。
教室に邪魔者がいないことは確認済み。今、教室には健くんと二人きり。
「大事な話って、何?」
「ええ、大事な話があるんです」
後ろから健くんの声が聞こえてきたので、私は振り返り、いつもと変わらない無表情な彼を見た。
「健くん、私はあなたのことを好きです。付き合ってください」
「……悪いけど、好きじゃないから付き合えない」
しばらくの沈黙の後、まるで前の話の再演のように、また同じ言葉が出てきた。
「ええ、知りますが──」
このままではあとで去っていくに違いないので、懐に飛び込むように距離を詰めた。
「──それでも、やめたくないんです」
「──!」
柔らかい感触が唇から伝わってきて、目の前にいる好きな人の顔は変わらないのに、相手が怪訝そうにしているのが伝わってくる。
やはり人工知能などではなく、私の好きな人は感情を持った生身の人間なのだな、と喜びを感じながら身を寄せていた。
「──、──」
舌を入れて絡め、夕日の沈む教室で、二人はしばらくその姿勢を保っていた。
その後、寄り添っていた体が離れて、健くんは私を見下ろしている。
「見真……それ、どこから学んだ」
「これは、いろいろなところから学んできました」
私は顔を上げて笑った。
「私が健くんのことをどれだけ好きか、今分かりましたか?」
「……」
健くんは黙っていて、断るでもなく、返事をするでもない……ふ。
ふははははは!わははは!見たの~健くん!これが二周目の私の実力!
淳くんや仁くんから教わったテクニックが役に役に立った。一周目の私とは違い、スゴいキス技の私に健くんは驚いた!
事前に反感を買うのではないかと心配していたのだが、健くんは特に何も言わなかったし、断るのが嫌だとははっきり言わなかったし。
ということは、これいけるよね──!
「健くん……」
「見真……俺……」
よし、ちょうどいい雰囲気で、このままいけば、一気に攻め落とすかも──。
「そこまでだー!」
「え」
さっと音がして、教室のドアが開いた。
青い髪の高いポニーテールの女の子が教室に入ってきて、ものすごい勢いでこちらに向かってきた。
あと二、三歩のところまで来たところで、青い髪の女は立ち止まった。
私たちが身を寄せ合うのを見ると、彼女は柳眉を逆立て、鋭い目つきで私たちを睨みつけ指差した。
「そこの二人とも、教室内でのわいせつ行為は禁止だ。そんなことをするのならこの天啓恵を倒してからにして!」
「……誰ですか?」
……いや本当に、この女の子は誰?せっかくこんなにいい雰囲気だったのに。青い髪の学生……私たちの学校にそんな生徒がいるの?
「クラスの委員長だ」
私の疑問を見抜いたように、健くんが低い声で言った。
そうか……天啓恵委員長よ~いえ、見覚えない。いや待て、健くん、本当に忘れたのかという目で私を見ないで、本当に見覚えないよ。
一周目のときすぐに退学したが、クラスにこのような委員長がいたら、覚えていないはずがない。
「どうしたか、まだとぼけるつもりか。早く離れて!」
「わあっ!」
天啓恵委員長は、私がとぼけていると思ったらしく、飛び込んできて私たちを引き離した。
「学校内でそんな下品なことをするのは禁止だよ。真宮、もっと穏やかな方だと思っていた!」
「……ごめん」
天啓さんは健くんの腕をつかみ、不機嫌そうな目で睨んだ。
……えっ?なんか二人の距離が近い気がする。
「とにかく反省書を書いてくれ、そこの見真も同じだ!」
「え、反省書……ちょっと、健くん!」
反応する隙も与えず、天啓さんは健くんの手を掴んで引っ張って行く。健くんも自分が悪いと思ったのか、引っ張られるままに歩いていた。
私は慌ててついていき、最後健くんと反省文を書いて家に帰った……。