悪夢の始まり
退学しようとしていた間、私たちは淳くんを探していたが、彼は全然学校に来なかった。
先生から淳くんの住所を聞いて訪ねて行ったのだが、家には誰もいなかった。近所の人の話によると、淳くんは引っ越したようだ……。
結局、退学した私は家で子育てをすることになつた。
両親の許可で私と仁くんの関係は認められ、私は仁くんの家に住んで子供の世話をしていて、お母さんも時々子供を実家に連れて帰って世話をしている。
何もかもよくなってきたようで、これも悪くないかもしれない、これで幸せな生活が送れるかもしれないと思っていると、仁くんが帰ってきた。
「おかえり、うん、仁くん、それは何ですか?」
仁くんは手にボストンバッグを二つ提げている。
「あ、これか、ほら」
仁くんは手に持っていたボストンバッグを開けて、中のものを見せてくれた。
「これは!?すごいお金ですよ!?」
「ホホホ、俺の友人を覚えているだろう。これは彼の仕事を手伝ってもらった報酬だ~」
そういえば、仁くんには、体にタトゥーを入れている背の高い友達がいて、時々家に来て話をしていた。
「このお金、全部あの人がくれたんですか?それ…大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、保証するから安心してね!」
「でも……」
「あ?信じてくれないの?」
仁くんは顔から笑みを消し、不満そうに私を睨んでいる。
「いえ……」
「ごめん、別に意地悪してるわけじゃないんだけど、一生懸命働いて稼いだお金なんだから、俺の仕事がいくらも儲からないことをわかっているでしょ。これだけのお金があれば、子育ての心配はしなくていいんだから」
仁くんは笑顔を取り戻し、ボストンバッグを持って入ってきた。ボストンバッグのお金をセーフティーボックスに隠してから、彼は振り返った。
「しばらくここに隠して置こう。ほかの人には内緒よ。特にご両親には」
「ここに隠すんですか。銀行に置いたほうがいいんじゃないですか」
「これなら安全だと思う。いいか?」
「……ええ」
仁くんはにこにこしているが、妙に威圧感があるので、私はうなずいた。
「じゃあ、先にお風呂入るね。あ~疲れた~」
「え、仁くんの服は──」
仁くんが伸びをしたとき、服に赤い印がついているのに気づいた。
……なんか……血痕みたいな感じ。
「あ、それは仕事中に汚れてしまった。洗ってくれないか」
「はい」
仁くんは私に服を投げると、お風呂に入った。私は洗濯をしながら先ほどのお金のことを考えている。
そのお金に問題はあるか?お母さんに話すか?……でも仁くんが大丈夫だって言うんだから信じるべきでしょう。
それに、今はお金も必要だし、お金があれば将来の生活はもっと便利になるだろう。
そんなことを考えているうちに、お金の問題を忘れて、私の生活は元に戻ってしまった。
それからしばらくしたある日。
「あの、すみません!誰かいますか?」
「来ました!」
誰かがドアをノックしたので、私は片手に赤ちゃんを抱いてドアを開けた。仁くんが帰ってきたのかと思ってドアを開けると、スーツを着た青年が立っていた。
私がドアを開けると、青年はきょとんとした。
「わあ、きれい…!」
「あの……?」
「あ、ああ、失礼ですが、こちらは後藤仁のお宅ですか?」
「あ、はい。何かご質問ですか」
「それは、ですね、あの、私たちは──」
「何やってるよ!」
スーツの青年は、なぜか私を見てためらいた。すると青年の後ろから声がした。
同じようにスーツを着た、青年より少し年老いた男が青年の頭を叩いて現れた。
「女性を見るとバカみたいな、ふん」
「すみません、先輩……」
「まったく、あなた、あいつの同居人だろう。これは捜査令状だ。捜査する、いいだろう」
「捜索、えっ!?」
中年男が捜査令状を出すと同時に、私がうなずく前に大勢の人が家の中に飛び込んできた。
後になって中年男が説明したところによると、彼らは警察の人で、仁くんの家の中に何かを探しに来たのだそうだ。
「どうして警察がそんなことをするんですか、仁くんは何か悪いことをしたんですか?」
警察が家の中を荒らしているのを見て私がつぶやくと、隣にいた中年の刑事が笑い出した。
「お嬢ちゃんは知らないのか。まあ、あなたも容疑者だから教えてやろう。あいつは金を奪ったんだぞ」
「金を奪った?」
「ええ、トラブルで事務所を襲って、人が死んだらしいんですよ」
そう言いながら青年は写真を差し出した。そこに写っていたのは、仁くんの友達……。
「証人の話によると、お金の一部がここに隠されていたそうです。それで捜しに来たんです」
その言葉を聞いて、私はこの前仁くんが持って帰って来たお金と、着物についていた血の跡を思い出して真っ青になる。
「ったく、若いくせにろくなことしないで、結婚してないんだろう、つまり婚外子か、ふん」
私を見て中年男が首を横に振ったとき、警官の一人が叫んだ。
「ありました!」
「よし、これでおしまい。さて、お嬢さん、盗品保管の疑いがあるから、事情聴取にご協力いただけないでしょうか?」