今度こそ離さない
すると健くんの家に向かう途中、私の行く手を遮って立っている人がいた。
「よう!」
機械仕掛けのスーツを着て、薄緑色の肌をした女性が道の真ん中に立って手を振っていた。
「ビーターさん!お久しぶりです!」
久しぶりに会った知り合いに、私は笑顔で歩み寄る。
「本当に久しぶりですね。前回会ってから3ヶ月以上経ちましたよね?その間に色々なことがありましたね」
「ええ、天啓さんのことで相談しようとしたのに、ビーターさんを見つけられなかったとき本当にびっくりしましたよ!」
「ふふ、ごめんごめん~」
私が文句を言うと、ビーターさんは申し訳なさそうに笑った。
「あの頃は、私もちょっと抜けられないことがあったものですから、役に立たなくてすみません……といっても、もう私の力は必要ないでしょう」
だって、もうすぐ成功するんでしょ、そう言ってビーターさんは私の肩を叩いた。
「ううん、まだ成功するかどうかはわかりません」
「謙遜しないで、あなたは天啓恵に勝ったじゃないですか。じゃきっと成功します~」
「え、ビーターさん、今のことを見ていたんですか?」
「いいえ、見ていません。でもまあ、あなたがこんなに楽しそうにしているのを見ていると、何が起きたのかだいたいわかりますよ」
ビーターさんはふっと笑った。
「とにかく、早いですが、成功おめでとうございます」
「ええ、ありがとうございます!これ全部、ビーターさんのおかげです!」
ビーターさんのお祝いを聞いて、私は笑顔で感謝の気持ちを伝えた。
「私のおかげ?これはあなた自身が努力して得たものではないですか」
ビーターさんはまばたきをして、私がなぜ彼女にお礼を言ったのか理解していないようだ。
「違いますよ、これはビーターさんのおかげでできたことです」
ビーターさんがいなかったら、過去に戻ってやり直すことも、健くんと一緒にいることもできなかったでしょう。
「ですから、私に二度目の機会を与えてくれたビーターさんは、間違いなく私の恩人です」
「恩人……?」
「ええ、とてつもない恩人です。へへ、考えてみれば私もバカでしたね」
「バカか……ホホ……」
「最初のうちは、ビーターさんはいかがわしい詐欺師だと思って、過去に戻りたくなかったんですね。だってビーターさんのような優しい人に助けてもらったことはありませんから……」
「……ふふふははは~!」
「え、ビーターさん!?どうしたんですか!?」
突然、まるで面白い冗談を聞いたように、ビーターさんは腹を抱えてげらげら笑い出した。
「そうですね~」
瞬間、ビーターさんが目の前に現れ、私の胸を指で突いた。
「献身的に協力してくれる人がいると思っているなんて、あなた、本当にバカですね」
ビーターさんは口角を上げて、今までで一番悪魔的な微笑を浮かべて口を開いた。
「まさか、私があなたに同情して協力したと本気で思っているんじゃないでしょうね。冗談じゃないですよ。それが我々の利益のためでなければ、わざわざ助けには来ませんよ」
「我々の利益のためって……どういうことですか?」
私が過去に戻って健くんとうまく付き合うのを助けてくれるのはビーターさんたちに有利なこと??意味わからない……私が健くんと付き合って、彼女たちに何かメリットがあるの?
「ふふ、馬鹿、使っていない脳を使って考えてみて、まさか、あなたの彼氏は本当に普通の科学者だと思っているの?」
「違いますか?」
私が目を丸くしているのを見て、ビーターさんは満足そうにうなずいた。
「違いますよ。あなたの彼氏……真宮健一郎君よ。我々始源悪魔の最大の敵なんですよ」
「始源の悪魔……敵……?」
「うふふ、理解不能でしょう、何しろ一万年先の話から、ちょっと大きな話題ですね」
絶句する私に、ビーターさんは少し呆れたように肩をすくめた。
「こちらも困っていますよ。まさかこの宇宙を統一する過程で人類という種族の抵抗があるとは思いませんでした。特にあなた方人類には真宮健一郎のような人間がいますし」
「ちょっと……健くんがいますって?……あれは一万年先の話でしょ?」
ちょっと大きな話題ではあったが、彼女の話題のちょっとした違和感を敏感に察知した。
「健くんはただの人間なんだから、そんなに長生きできるわけないでしょ」
「ほほう、理解が早いですね。確かに人類は普通、そう長くは生きられませんが、真宮健一郎はそれを覆しました」
「覆しました……?」
「ええ、あいつは人類の中でも屈指の大天才ですよ。彼は人類の寿命を延ばす技術を開発しました」
「寿命を延ばす技術……」
思い出した。健くんの様々な功績を過去の新聞で見たが、その功績の一つが寿命を延ばす技術だった。
「思い出したでしょう。しかもそれだけではありません。戦闘用強化外骨格、ポータル、干渉フィールド、あいつが開発した数々の発明は、我々を痛めつけました」
ここまで言うと、嫌なことを思い出したように、ビーターさんは嫌な顔をしていた。
「この大きなトラブルを取り除こうとしましたが、人間の抵抗は我々の想像を超えていました……。そこで、私たちは過去に戻る技術を使って、この厄介な人物を排除しようとしました」
「過去に戻って厄介な人物を排除……健くんを暗殺するつもりですか!?」
「そうできるといいのですが、そうはいきません。彼には手を出さないという約束をしているのですから」
ビーターさんは首を横に振る。
「……でも本人に手を出せないと約束しただけで、彼の周りの人に手を出せないわけではありませんよ……。だからこそ、過去のゴミ捨て場からあなたを見つけたのです」
ビーターさんは私を指さした。
「私、どうしてですか?」
「単純な理由ですよ、真宮健一郎は弱点のない男。ですが、弱点がなければ弱点を一つ作ればいいのです」
「弱点を一つ作ればいいのですか……」
ここまではっきりと言えば、さすがの私も相手の言っていることの意味がわかる。
「私は健くんの弱点……?」
「そう──あなたのような女を彼の足手まといにすればいいのです」
ビーターさんは一歩下がり、距離を取った。
「真宮健一郎は、死ぬことを恐れない男ですよ。何度も死にそうになっても地獄から帰ってくる厄介な存在……ですが、あなたがいれば事情は変わります」
「私がいれば事情は変わります?」
「知ってますの?あなたはね、もともとの世界では彼と付き合うことなく悲惨な死を遂げましたよ。愛する人と一緒にいられるようになった今、あなたは愛する人を危険にさらすことができるでしょうか」
私ではなく、もっと遠い時空を見るように、ビーターさんは続ける。
「才能も能力もないあなたは、愛する人が遠くなるのが怖くて、彼にいろいろな技術を開発しないようにしています。さらには、一万年後の未来を恐れて、彼に寿命を延ばす技術を開発しない……予測によれば、あなたは足かせになり、真宮健一郎を平凡に無駄な人生を送ることになります」
どうですか、素晴らしい計画でしょう、とビーターさんは笑った。
「ただ、この作戦は完璧でしたが、途中でまだ邪魔されてしまいましたね。天啓恵という女は、やっぱり厄介ですね」
「え、天啓さんは厄介なんですか?」
「そうよ。まさか天啓恵が本当に世界によって創られた存在だと思っているの?……あなたと同じように、彼女は未来から来た人間よ。ただ、彼女は一万年先の未来から来たんですけど」
ビーターさんはふーっと息を吐き、伸びをした。
「ま、でもあいつの思惑は結局はずれて、あなたを止めて未来を守ろうなんて、真宮健一郎があなたを選んだ瞬間に外れたんです。
ふふ、真宮に拒絶された瞬間、彼女のいる未来も存在しなくなってしまいました。彼女は今、この時代に絶望的に消えるしかないのですね……どう?」
長々と話し終えると、ビーターさんは黙っている私に向かって、にっこりと笑ってみせた。
「自分が人類を滅ぼす共犯者になっていることに気づいたってどんな感じ?」
「……共犯者」
……私は、人類を滅ぼす共犯者……?
「……そんな」
「なんですって?」
「そんなこと……」
「声が小さすぎて聞こえませんよ?」
「そんなこと──」
「素敵じゃないですかー!」
私は叫んだ。
「え?」
「だってほら、健くんが偉いでしょう。あなたの言うことが本当ならじゃ健くんは全人類で一番偉い人でしょう!?」
私は滔々と話を続けた。
「偉大な科学者になれたはずの健くんが、私のためにすべてを投げ出して人生をともにしてくれるなんて、なんともロマンチックです!健くんに愛される私は、本当に本当に宇宙で一番幸せな女の子なんですよ!」
すべてあなたのおかげです!私は笑いながらもう一度、ビーターさんにお礼を言った。
「まあ、そんな反応があるとは思いませんでしたね」
ビーターさんは少し唖然としたようだが、すぐに笑いもした。
「『このことを真宮さんに話せば、あいつはあなたから離れていきます』と脅そうと思っていたんですが、どうやらそんなことをする必要はなかったようですね」
「安心してください。そんなことはしません」
「あなたは、本当に人類の未来を気にしていませんね」
「そんなこと、私には関係ないですから」
「ふふ、そうですか、やっぱり面白いですね、あなた。……そろそろ時間ですから、お先に失礼します」
「ええ、本当にありがとうございました」
「じゃあ、お幸せにですね、クソさん」
ビーターさんは手を振って去っていく。彼女の後ろ姿に、私は頭を下げた秒待って顔を上げると、もう彼女の姿は見えなくなった。
ビーターさんは未来へ帰ったのだろう。では、私も健くんのところへ行こう。
健くんと一緒にいられると思うと、幸せな気持ちでいっぱいになる。
元の未来健くんがどれだけ偉大だったかを知って、私はもっと嬉しくなつた。
だって、選ばれた。
他の誰でもなく、天啓でもなく、私である。
私だけが選ばれ、私だけが健くんのすべてを楽しみ、幸せで楽しい生活を送れるのだ。
未来の青写真を想像するだけで、心が躍り、足取りも軽くなる。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いや、今来たところだ」
健くんと合流し、私たちは手をつないでホテルに向かった。
待ち合わせの部屋に着くと、健くんを抱きしめてベッドに押し倒し、口づけを交わした。
──ああ、ようやくここまでたどり着いた。
愛する人の伝わってくる体温を感じで、もう怖くない。もう何も怖くない。
錯覚ではなく、幻想でもなく、本当に健くんと一緒にいられて、ハッピーエンドを迎えることができた。
長い長い長い時間をかけて、いろんなものを犠牲にして、やっとここまでたどり着いた。
……一万年後の人類が滅ぶなんて、そんなことは私には関係ない。
だって、一万後の未来のことは、未来の人類自身の問題でしょう?
健くんと一緒だから未来人類が滅びる?そんなことは大げさだ。
私はこの時代の他の女の子と同じように、好きな人と一緒にいたいだけの普通の女の子。
好き人と一緒にいるのは少しも間違っていない。そう、私は間違っていない。何も悪いことをしていない。
それで人類が滅亡するのなら、きっと未来の人類自身のせいだ。
ビーターさんたちはこんなにいい人なのに、どうして彼女たちとよく話をしないの。もしもっと真剣に対話をしていればきっと大丈夫。
だから、一万年前に人を好きになったら、一万年後に人類が滅亡するなんて、それはとんでもない話である。
もし誰かがこのことで私のせいにして、健くんを好きになった権利と幸せを奪いたいと思っているなら、私は絶対にその人を許さない……。これだけは絶対に譲らない!
天井を見上げながら、覚悟を決めた。
「……純?」
隣で健くんの声がした。振り向くと、隣で健くんがこちらを見つめている。
「ずっと天井を見ている。どこか具合でも悪いの?」
「ううん……ただちょっと楽しかっただけです。やっと一緒になれました」
私は健くんの胸に寄り添う。
触れ合った肌から感じる体温とドキドキ。愛する人に抱かれた私は、今まで感じたことのない安心感を覚えた。
それを楽しみながら、私は軽く体を起こし、彼に顔を近づけた。
「健くん、大好きです」
短いキスをした後、私は健くんの頬に触れて愛情を伝えた。
「ああ、俺も」
やっと。ようやく返事があった。たった一言で、とても幸せな気持ちになる。
私は愛情を込めて、再び彼の胸に寄り添い。二人このままぴったり寄り添っていた。
「健くん、これからもずっと一緒にいますよ」
「うん」
──ああ、本当に本当に、ずっと一緒にいますよ。
胸に顔を隠し、誰にも聞こえないように呟いた。
「……今度こそ離さない」
END.
これで完結です。ここまで読んで頂き、まことにありがとうございます。
評価、感想があれば嬉しいです。それでは、またどこかで会いましょう!