対峙の時
「──純、起きてる?」
「うわ……起きたくない……」
朝、お母さんの声に、私はしぶしぶ布団から出た。
実はしばらく起きていたのだが、目が覚めるとすぐに昨日のことを思い出していた。
健くんの前でめちゃめちゃ泣いて、寝ちゃって、健くんにおんぶされて家に帰ってきたりして……。
一日で起きたことなのに、一生分の恥をかいたような気がする。あまり恥ずかしいから、お母さんに呼ばれるまでベッドの上で布団をかぶってゴロゴロしていた。
このまま窒息死しよう……とは思うけど元気を出さないと。
「おはよう健くん」
「おはよう」
昨日はいろいろあったのに、健くんは平気で声をかけてくれた。私はこんなにドキドキしてるのに。
昨日のことがあっても、どうしてあんなに平気で私と向き合ってくれるんでしょう。
昨日健くんが言っていたのは、いったいどういう意味だったんでしょうか?
──ただ、放っておくわけにはいかないと思う。それだけ。
私に好きな感じがないのに、私を放っておくわけにはいかないと思っている……もしかしたら、健くんは私のことを妹だと思っているの!?
ビーターさんは、好意がなければ一緒に行動してくれないと言っていた。でもそれが女性への好意ではなく、妹への好意だったとしたらどうだろう?
妹のことが気になって行動を共にしている。うーん、確かにそんな気がするね。が……昨日、健くんを口説き続けたいと言ったとき、健くんは断らなかった。
私を妹だと思っているのであれば、はっきり断るのではないでしょうか?
……わからない。結局、一日中そのことを気にしていた。
「健くん、一緒に帰りましょう」
「うん」
放課後、健くんと並んで帰り道を歩いていた。
まあ、今はそんなこと気にしたくない。健くんは私が彼を口説き続けることに反対ではないだから。
つまり、彼のそばにいることを許されている……でしょう?
私は今、ただ彼のそばにいたい、それだけでいい──、
「ずるいな」
突然。歩道の向こうで声がした。
歩道の端を見ると、一人の少女の姿が見えた。
「天啓……さん?」
十メートルも離れていない場所に、天啓恵が立っていた。
少し離れたところに無表情で立っているのに、なぜか怒っている気配が伝わってくる……どうしたの?
理由がわからないうちに、ぱたぱたと足音がして、天啓さんが歩いてきた。
「よくやるな。見真」
「え……私が何かしたんですか……」
天啓さんが近づいてくるのを見て、私はうろたえる。
「今さら言い訳をするつもりか。あなたは昨日、真宮をホテルへ連れていったじゃないか」
えっ、そのことか!まさか天啓さんは不純な男女関係のせいで、私を罪に問おうというのか?けど──、
「私たち何もしてませんよ!?」
「本当かどうか分からない、そんなこと。たとえ本当に何もしてないとしても、あなたが真宮をそこに連れて行ったのは何か下心があったのだろう?」
天啓さんは言いながらそばに来て、そして、
「あなたがそうするつもりなら、私も自分のペースで──」
彼女は振り向いて健くんの襟首をつかみ、顔を近づけた。
「健くん──!?」
天啓さんが健くんにキスした!?
キスをすると、天啓さんは襟を離し、真剣な表情で健くんを見つめた──、
「真宮、あなたが好き。付き合ってください」
そして、告白した。
「えぇー!?」
「……俺は」
「今、答えを言わなくてもいい。どんなことがあってもあきらめない」
健くんが何か言おうとするのを天啓さんが止める。
「ダメー!」
私は駆け寄り、二人を引き離した。
なぜ天啓さんがそんなことをしたのかはわからないが、止めないと後が大変だと直感した。
「健くん、先に帰ってください。私は天啓さんに話したいことがあるんです!」
「……問題ないのか」
「問題ないです」
健くんは私たちを見て何か言いたそうにしていたが、最後彼を説得して立ち去らせた。
天啓さんも私に話があるようで止めない。健くんがいなくなるのを待って、私たちは近くの公園に行った。
公園には誰もおらず、私と天啓さんが睨み合っている。
「天啓さん、今のはどういう意味ですか?」
「見てもわからないか、告白しているよ」
「それはわかっています。やっぱり、あなたが健くんのこと好きなんでしょ?」
「ええ、真宮のことが好きだ」
「……だとしたら、毎回私の邪魔をしていたのは偶然ではなく、わざとそうしていたんですよね?」
「ええ、恋人同士になって欲しくない」
「うーん……」
全力で否定するかと思いきや、彼女は認めた……。
「天啓さん、そんなことをしても卑怯だとは思いませんか」
「卑怯、かもね。だかあなたより、私の方がいいと思う」
天啓さんは私を見てせせら笑った。
「あなたみたいに裏切るような女より、私が真宮に似合い」
「………うら…ぎる?」
……何を言っているの?
それを聞いて私は目を見開く。天啓さんは冷たい目で私を睨んでいた
「違うのか?あなたは、真宮を裏切ったんだろう!?」
私は健くんを裏切ったー!?
「そんなこと……してませんよ」
即座に否定したが、天啓さんは言うことを全然聞いてくれない。
「まだ知らないふりをするつもりか、あなたは彼を裏切って、他の男のもとへ行ったんじゃないのか!」
「あ……!」
まるで頭を殴られたような衝撃を受けた。私は……健くんを裏切って、他の男のもとへ行った?
「いえ、健くんとはずっと一緒でした……!」
めまいのする頭を押さえながら後ずさる私に、天啓さんは息つく暇を与えないように一歩前に進み出た。
「本当なの?告白に失敗したから他の男と付き合いに走り、他の男たちに振られたあと真宮の元に戻ろうとしたなんて、そんなこと本当にしたことないのか!」
「あ……!」
そんなことはここではなかったのに、天啓さんは見たことがあるように言ったが、やっぱり……、
「……天啓さん……、やっぱり何か知ってるんですね……」
「ああ、知ってるよ、あなたが未来から戻ってきて、真宮と付き合いしようとしたことも含め、いろいろことを知っている」
うーん、やっぱりそうなんのか。
考えてみれば、天啓さんは私を止めるために世界から創られた存在で、私を止めるために派遣された人間である以上、私が未来から帰ってきた人間であることを彼女が知らないはずがないのだ……。
「どうした、嘘をつくのをやめたか?」
「私は、うそをついていません……裏切っていません……」
「裏切らなかったとしたら、真宮が一人で頑張っていたとき、あなたはどこにいた?」
「あ……!」
「その頃、あなたは他の男と恋愛をしていた……そうでしょう?頑張っているとき、あなたは彼のそばにいなかった、彼が成功したことを知ってから彼のもとに戻ろうとした……恥ずかしくないのか?」
「いや……そうじゃない……」
声とともに視界がかすみ始め……突然の悪寒に、私は自分の体を抱きしめた。
「やめて……」
「あなたのような人は──」
もう聞きたくないのに、声は勝手に耳に入ってくる。
「「彼には相応しくないー!」」
重なり合う音。
相応しくない──ずっと昔、誰かにそんな風に責められた気がする。いつのまにか騒がしく、悪意に満ちた声が聞こえた。
「自分がどんな姿か知らないのか」
「毒婦!」
「この人殺しが──!」
気持ち悪い気持ち悪い、頭が痛い。視界は真っ暗になり、目を閉じていても、耳を塞いでも非難の声が聞こえる。
そんなことはしていません……裏切って、いません……そう言いたいのに、言えなかった。
熱い……酷い頭痛と、込み上げてくる嘔吐感。堪え切れない苦痛に思わずその場に膝をついて嘔吐した。
「……どうやら、あなたは自分の罪深さを知っているようだな」
距離が近い女性の声、誰か……声のした方を見たが、何も見えない。
「……もう一度言う、あなたよりも私の方が真宮に相応しい。だから諦めよう、見真……」
いえ……いや、諦めたくないん……そう叫ぼうとしたが、声が出ない。
声の主は話が終わると口をきかなくなり、続いて、遠ざかる足踏みの音がした。
「行かないで……天啓さん……あっ!」
手を伸ばして叫んだとたん、頭に何かが当たったような気がした。
……やがて、強烈な痛みに意識を失い、暗闇の中に倒れた。