闇夜の女神
東京。
閑静な住宅街。
誰もいない真夜中の路地。
白洋が握っている拳銃にはサイレンサーがセットされていた。
拳銃といってもピンからキリまである。
警官が警棒と共に携帯している五連発回転式リボルバーのような安物からセミオートマチックの最新型ベレッタまで。
そして白洋が握っているのは最新型ベレッタだった。
梅雨が明け、本格的な夏に移るこの時期。
汗が身体のおうとつによる細やかな曲線を画きながら重力に逆らうことなく流れる。
別に緊張しているわけじゃない。
湿気による人間の自然な反応。
「悪く思うなよ」
白洋は慣れた手つきで銃口を目の前の女へと向けた。
女は特に取り乱すでもなく静かに笑みを浮かべ、白洋を無言で見つめた。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「何だ? この女は……」
そう心の中で思いながらも白洋は引き金を引いた。
ーー銃弾を四、五発
サイレンサーにより、銃声などほんのわずか。
引き金を引く音よりも。
いつもの事。
東京。
閑静な住宅街。
誰もいない真夜中の路地。
誰しもがその銃声に気づきはしなかった。
女は後方へと倒れた。
白洋は残酷な男だ。
ただ殺すのであれば急所を二発でいい。
これが彼のいつもの癖だった。
そしてこの拳銃を握ったときの冷酷かつ凶暴性が彼が闇社会で一目置かれる理由の一つでもあった。
強い湿気がひどく身体にまとわりつく。
ポツリポツリと水滴が白洋の身体を打ちはじめていた。
"仕事"を終えてその場を去ろうとした白洋の背後から次第に不適な笑い声が聞こえはじめた。
「ふふふ……あはははは」
白洋は慌てて振り返った。
そこには血を吐き、流しながら仰向けに倒れたままのその女がにわかに笑っていた。
「なっ!」
白洋は驚きを隠せず黙ってしまった。
確かに銃弾は当たったはずだ。
現に女は倒れ、血を流している。
何より自分が外すわけがない。
白洋はそう思った。
「私は死なないの……、死ぬことができないの……」
女は漆黒の空を見つめたまま笑い、涙を流しはじめた。
女の涙は瞳から頬をつたうではなく、直接横髪へと流れ、すぐさま血と混じり合い地面へと湿っていった。
白洋は何も言えずその場に立ち尽くし、その光景を見つめた。
ポツリポツリと白洋の身体を打っていた水滴は、いつしか雨へと姿を変えていた。
白洋と女。
それが二人の出会いだった。




