第九話 安心の束の間に
「あのさ、僕ちょっと寄りたい所があるんだけど行っても良い?」
「しょうがねぇ奴だな…直ぐ済ませろよ。一時間以内、図書館集合な。」
「分かった!」
ケルトは面倒臭そうに僕を見ると、さっさと行けと手で弾く。
僕は許可が出るなりバッと走って廊下を駆け抜けた。この久々の感覚、やっぱり実家というのは自然と安心するんだなぁ。なんだか若返ったみたいに興奮しながらも、僕は王宮内のとある部屋まで駆けていく。
(ぁ、なんか動きにくいと思ったら…、)
忘れていた、女装してる事。僕は慌ててドレスを脱いで放り投げると、やっぱり申し訳無さに拾い上げ、畳んで鞄に仕舞い込んだ。
「っ⁉︎、ぁ?、ジュラルク?」
「…?っあ!ポーレ⁉︎」
突然の声に振り返ると、其処には懐かしの親友、王家の兄弟の弟であるポーレが立っていた。シドルヴァの二人からはハスターとばかり呼ばれていたから多少の違和感は感じたものの、確かに呼ばれた自分の名前に、僕は安心を覚えた。
「久しぶり!任務はどう?」
「任務?あぁ、もう済んだよ。バッチリだった。」
と自慢気に笑みを浮かべるポーレ。彼に与えられた任務が何かは知らないが、僕は一旦驚いた。
「えっもう済んだの?」
「ん?いやだって簡単だったじゃん。…何?そっちは無理難題なの?」
「無理難題というか、…まぁ?、簡単だったけど?」
「アハハ、良かったよ。上手くやれてんなら。」
そこまで言うと、じゃーなと忙しそうにまた来た道を進んで行く。任務はもう済んだんだ、簡単だったんだ…。僕は相変わらずの彼等の優秀さに感心しながらも、また王室に向けて歩き出した。
そして辿り着いた王室前。この中には、一時的に王の代行を務める彼等の父、僕からすれば叔父であるクウェットさんがいる筈だ。呼吸を整えて、僕は扉に手を掛けた。
「叔父さん!帰って参りました‼︎」
そう勢い良く扉を開けてやれば、叔父さんが中でお茶をしてるのが見えた。
「おぉ!帰ってきたかハスター、相変わらずノック無しのご登場か?」
「あ、すいません!」
そういやそうだ。人の部屋に入るにはノックをしなければならないというマナーを、ずっと一人の環境が続いた為についうっかり忘れていた。いや、安心し過ぎてしまったからかもしれない。何がともあれ、僕は後付けに扉を叩いた。
「で、要件はなんだ?」
「任務を果たしてきました。シドルヴァ家の中心人物である屋敷の執事を、今この王宮に招いております。」
「ほぉ、あのシドルヴァ家によく行けたな、?」
俺でさえ辿り着くことすら不可能だったのにと、さっそく叔父さんは不審そうに僕を見た。
「あの屋敷は入り組んだ森の中にあります。僕は丁度シドルヴァ家に仕える梟を追ったおかげで辿り着けましたが、地図上の座標では何処にあるのかなんとも分かりません。」
「そうか。それで、今その屋敷の執事が此処へ来ているのだな?」
「はい。此処の図書館におります。」
「ふーん、…有難う。」
と、それだけを言って去ろうとする叔父さん。
確かに、これで僕は任務を果たしたんだよな?これで、もう僕はあの小屋から解放され、王家として働けるんだよな?それを確認すべく、僕は部屋を出ていく叔父さんを呼び止めた。
「あ、あの…僕ってこれから何をして働けば良いのでしょう…?」
「ん?働く?」
「はい、この任務を達成した者は、それ相応の報酬と役職を与えると仰っていましたよね?」
ふと、叔父さんは惚ける。そんな事も言ってた様な言ってなかった様な、と上を見上げ、僕を見た。その顔を見て、ついうっかり、僕の身体は反射的に身体が動く。
「うわっ、⁉︎、ちょ、ちょっと、助けてくれ!!!」
「っ如何されましたかお父様、って、おい!、ハスター何をしている⁉︎」
如何してこんなに怒りが湧いてくるのかは分からなかった。けれど相手の胸ぐらを掴む手は止まらない。後からやってきたポーレと護衛達に即座に取り押さえられ、僕はあっという間に身動き一つ取れなくなった。
「一体如何しちゃったんだよハスター、何があったんだ?」
そうポーレが言うと、叔父さんはそいつに構うな!と大声で叫んだ。
「シドルヴァの奴等に精神を持って行かれてしまったんだ、あいつらの洗脳は確かなものだと良く耳にするからな。」
「違う、可笑しいのは叔父さん達だ!」
「黙れっ‼︎…さっさと連行しろ。」
僕の抵抗も虚しく部屋に響き、叔父さんの声に上書きされてしまう。オロオロとその状況に運悪く入ってきてしまったポーレは、何が起こっているのと困惑していた。
「ちょっと、ハスターの意見も聞くべきでは、」
「お前も牢に入りたいか?」
「ぇ…?」
「良いか、こいつは今日シドルヴァに仕える執事を連れて王宮までやって来た。そいつは今図書館にいるらしいが、まずそれさえも可笑しいと思わないか?、何故お嬢様ではなく執事を連れてきた?そして何故一緒に王室まで連行してこない?あの屋敷の者は我等王家を侮辱した罪人、だから捕えよと命じたのにも関わらずそいつを図書館に案内してやがる、」
「それは任務に、」
「黙れ、もう裏切り者のお前に発言の権利は無い。兎も角図書館にいる奴も捕えて、同じ地下牢に入れておけ。」
と、ざっと言い放たれた裏切り者という言葉に、僕はハッとした。そういやシドルヴァ家に潜入した言い訳として、“裏切り者として追放されたんだ”なんて言ってたっけな…。これには流石のポーレも、叔父さんの圧に負けて黙ってしまった。
「全く、あの家で大人しく過ごしていればこんな事にはならなかったのになぁ?」
僕は王室を出る寸前に、よれった服を整えながら少し口角を上げる叔父を視界に捉える。僕は何も、感じられなかった。
連行されながら地下に続く廊下を歩いてみれば、先程捕えられたんだろうと思われる、僕と同じ大勢のケルトと出くわす。ケルトは意外そうに僕を見ると、自分はまるで余裕そうに、何時もの笑みを浮かべていた。僕の感情が麻痺している所為なのか、不思議と嫌味は感じられない。
こんな筈では無かったのになぁと、牢の中で僕は呟いた。