第八話 懐かしき景色
馬車に乗って間も無く一時間半。景色はやっと、僕が知っている街並みに変わっていく。
「よし、降りるぞ。」
「え、もう?」
狭い馬車の中、大胆に足を反対側の椅子に乗せて眠っていたケルトは、ふと起き上がって外の様子を伺う。
「まだ王宮までは結構掛かるけど、」
「そっちの方が良いんだよ。正式な訪問じゃ無いからね。」
「え?」
挨拶しに行くんじゃないの?じゃあ僕何の為に変装したの。と僕が不審な目を向けている間にはもう、ケルトは馬車から降りて身なりを整えていた。
「挨拶なんて嘘、本当は潜入捜査。君に地図を書かせて君の裏切りを探そうかとも思っていたけど、君があんまりにも本気そうだからもう捜査本番に変更する事にした。」
僕も仕方なくドレスのまま馬車を降り、去っていく梟と馬に手を降った。
「良いの?そんなに直ぐ僕を信じちゃって。」
「良いも何も、ラナがそう言ってんだから信じるしかないでしょ。」
ケルトはそう言うと、僕が少なくとも一生懸命に書いた王宮の地図をビリビリに破いていく。
「第一、君に裏切られた所で痛くもなんとも無い。」
千切り終えた最後にパッと両手を広げると、ゴミを拾いもせずに「よし行こう」と前を向いた。僕も同じく前を向き、そして失望する。あぁ、この森の中を通るのか。この森は王宮に直接続くのは知っていたけど、まさか本当にその道を選ぶとは。
「あの、僕こんな格好なんですけど。」
明らかに動きにくいの分かるよね、勿論助けてくれるんだろうね、と僕は目の前の人物に訴えた。
「それがどうした、どうせ中に履いてるんだろう?」
「でもこれラナさんの服で、」
「知ってるし。それ踏まえて良いって私が言ってるんだ。」
こいつ、手強いな。なんとしてでも計画は崩したくないってか。僕は悔しいと同時に、こいつのお嬢様に対する軽率な判断を心底軽蔑した。
「来るなら早く来い。来ないのなら今からでも帰れ。」
「…。」
僕は唇を噛み締め、静かに奴の後ろを追った。こいつは敵、お嬢様も敵。そう何度も脳内で繰り返しながら。
そうこうしていると、これまでの暗い森の奥に光が差し込んでいる。
「やっっっと着いた!」
僕は重たいドレスを汚すまいと持ち上げながら、やっとの思いで最後の叢を飛び越えた。
すると其処には懐かしい立派な王宮が聳え立っており、あの屋敷とは比べ物にならない豪華な装飾が僕等を迎える。
「こんなに立派な癖に、国の一つも管理できないなんてな。」
先を進んでいたケルトがボソッと嫌味を言うと、手慣れた手つきで弊を登り、此方に手を差し伸べてきた。僕もその手を掴んで弊を越えると、隠し通路の様な小さな小窓から僕等は中へ侵入する。
「こんな道王宮にあったんだ…。」
「知らなかったのか?二十年くらい前からずっと空いてたが。」
初耳だ。二十年というと確かに僕は何度も王宮へ来ていた筈だけど、こんな抜け道は聞いたことがない。あの悪戯好きの兄弟でさえ知らないんじゃないか。僕は驚きながらも、廊下をスタスタと歩いて行くケルトの後を追う。
見知りの場所なのにこんなにも緊張感が漂うとは。僕はこっそりと汗を拭き、前を見た。