第四話 解くべき関係
朝になった。環境が変われば多少の生活リズムが狂うというのは一理あるが、何時もより三十分も遅れて起きるなんて。僕は起きたてで寝転んだまま時計を見た。
それにしても、何故僕の名がこんな外れの国まで知られているのだろうか。僕は王家の従兄弟であって、正式に公表されているメンバーでは無い。そりゃあ近辺の人や護衛に関する人なら知っていても無理はないが、宴会でも何かの記念パーティでも、僕は人に慣れず常に隅っこ。強いて言えば、王の息子兄弟とは仲良くさせて貰っているくらいかな。
「…なんで、僕を知っているんだ…?」
「そりゃ知るだろうに、ラナの事なんだから。」
「っは?!」
驚いて起き上がってみると、ドアの方にはケルトが立っている。
「おま、何勝手に入ってきてんだよ。」
「入るもなにも、此処は私の家だ。」
「あっそ。」
僕は突き放す様にそう言うと、ずっと肩に掛けていた鞄を下ろして、近くの洗面所で顔を洗った。お前の家じゃねぇだろ、あの子の家だろ。
「…あの子ラナって言うんだな、てか勝手に言っちゃうんだな。」
顔を拭きながらそう言うと、腕を組んだままドアにもたれ掛かるケルトが鼻で笑った。
「やっぱり聞き逃さなかったか。まぁあいつも私の名前を勝手に言ったから、その腹いせにな。」
ひでぇ奴だなおい。昨日から思っていたが、此処の主従関係は何処か可笑しいぞ。僕もそれを鼻で笑い、タオルを置いた。
「ラナが君を呼んでる。あち十分以内にあの方の部屋へ行くように。」
それだけを告げ、ケルトは帰っていく。
「後十分か、」
支度をするには充分過ぎる時間だ。僕はさっさと髪の毛を塗らし適当に寝癖を整えると、いつの間にか用意されていた朝食のパンに手をつけた。
「それで、此処に匿う代償に貴方には何かしら働いて貰わないとなんだけど…。」
ラナは、朝早くにも関わらず仕事に追われている様で、机の上には山積みの書類が置かれてあった。目の下には見るからに隈が出来てあり、もしかすると徹夜続きなのかもしれない。一方横に座るケルトはなんとだらしなく、暇そうにあくびまでしている。
「丁度良いわケルト、ハスターと相棒になりなさい。」
「え?」「は?」
途端に、足を組んでいたケルトが立ち上がってラナの書斎をバンと叩く。
「それはない、絶対ない。」
「そうは言ったってあの件、一人じゃ明らかに足りないでしょ?」
「足ります足ります。こいつなんて足手まとい、私殺しちゃうかも。」
ラナの言葉なんて聞きもせずに、直ぐに銃を取り出し僕に向けちゃう幼稚なケルト。解雇。もし僕がラナの立場なら、こんな奴即効解雇だ。
ラナは、お構い無しに僕に向き直った。
「ハスターよく聞いて。やって欲しい仕事なら幾つかあるけど、貴方には最優先の仕事でケルトの手伝いをして欲しいの。」
「待て待て、良いのかよ、そう簡単に他国の王家に機密事項を言っちゃって、」
「ちゃんと理由がある。今此の街の裏では麻薬が回り始めてる。情報によればまだそれは街の約0,2%にも及ばないけど、その内面倒な事になるのは間違いないわ。」
ラナの口からは、僕の国では確実に口外禁止となる情報がスラスラと面白いぐらいに流れてくる。昨日一日しか経ってないのにこうも信頼関係を築けるとは我ながら天才かと思ったが、にしても軽すぎやしないか?本当に此れが完璧な均衡を保つ街を造り上げた優秀な国家の中心なのか?僕は呆れと驚き、疑いの渦の中にいた。
「何が厄介って、どうやらその麻薬が貴方の国から送られてるらしくて。」
「…え?」
僕はそれこそ耳を疑った。そんな情報聞いた事はない。僕等の国家は治安は悪くても、それは酒癖が悪いだの環境が汚いだのそういう問題なだけで、麻薬に関しては厳しく取り締まっている。他の案件は条件次第見逃すが、麻薬だけは許さないという体制で、僕等は何年も努めてきた。だからこそ王は他国から認められ、色々な成果を貰ってきたと言っても過言ではない。
もしこいつが何の証拠もなく言ってるなら、僕は本気の殺意をこいつに向けるだろう。
「貴方、奴らに疑われて不仲なんでしょう?事情も知れて丁度良いじゃない、一緒に捜査してあげて。」
僕は黙ってケルトを見た。
「…なんかずっと見てくるんだけど、撃って良い?」
「そんなに撃ちたきゃ撃てば良いけど、それは仕事をこなしてからね。」
「え?」
「良いのぉやったぁ、じゃあ行こうかハスター君!」
僕は何としても王国の誤解を解かなければならない。それは確かなのだが、その前にこいつの殺意を何とかしなければならない。僕はさっきとは別の意味でケルトを見つめた。
「ほら、早く。行こうよハスター君。」
そう手を差し伸べられたかと思いきや、その手は相変わらず銃を握っていた。