第三話 謎多きシドルヴァ家 ⑶
一見大きな屋敷でも、中に入ればそう大きそうでもない。勿論一般的な家に比べれば何十倍も大きいのだろうけど、我が国の家と比べれば、家具は少ないし装飾もあまり派手ではないし、なんせ黒いものが多かった。普通は金や白が高貴の筈なのに、黒も中々に悪くない。
僕が屋敷の広間を見渡し軽蔑どころか感心や嫉妬まで感じている最中、執事は梟を撫でながら面白そうに僕を見ていた。
「…もう見飽きちゃった?」
「あ、いや、見飽きたというか、先に案内して貰おうかと、」
「では此方へ。」
そう爽やかに答える奴の背中に、執事なんだから早く案内しろよ、と理不尽な文句を小声でぶつけた。だって腹が立つから。変なポーカーフェイスが、綺麗な顔立ちが、うざいから。我ながら嫉妬深い性格だと思う。もし僕がこんなにイケメンで高身長でスタイルが良ければ、市民の支持か何かで直ぐに上に駆け上がれただろうに。そうしたら、こんな任務を受けなくて済むのに。…まぁ要するに、僕等の家庭は王家である癖に残念ながらイケメンはいなかった。
「さぁ着きましたよ。」
執事は急に敬語になり、気が付けば少し雰囲気を変えているではないか。さっきまでの悪戯好きな目はそのままに、姿勢や態度、服の着こなしも、しっかりと整えていた。
「失礼します。先程お話していたお客様がおいでです。」
先程、というのはどういう事なのだろうか。もしや僕が来る事がバレていた?どうやって?などと色々思う事はあるが、一方でその意見を認める考えもあった。何故なら、僕が坂を落ちた丁度に奴が来たから。手ぶらだった為何かの作業をしてたでもなしに、唯の散歩で偶然僕の様な侵入者に出くわすなんて何分の一の確率だろうか。
奴は目の前の扉を三回ノックし、中から返事がすると同時にドアを開けた。
「…貴方がうちの情報を探ってる侵入者とやらですか?」
「いや、違、」
「絶対そうですよ撃っても良いですか。」
「へ?」
そう言うと執事は取り出した拳銃の銃口をいきなり僕の頭に向けてくる。最早疑問文にもなっていない。
「え、ぇえ⁉︎」
「落ち着いいて少年。直ぐには撃たせないから。」
そうは言われても、銃口は向けられたままなんですけど。
「で、私達の中じゃ貴方は侵入者、暗殺者になっているんだけどその解釈で良いの?」
目の前の書斎に座ったままの綺麗な女の子が、机に両肘をついて僕に問うた。女の子とは言ったものの、小柄なだけで顔立ちは大人びており、年齢が幼いかどうかは分からない。ラフに来ている紅色のドレスも、可愛さに欠けた凛々しいデザインで、まるでお嬢様には見えなかった。
「い、いえ違います!僕は唯、道に迷って、」
「の割には凄く身分がよろしくて?」
「え?」
「王家にもありながら知らない訳ないでしょ、ジュラルク・ハスターさん?」
「…。」
その瞬間、銃口が僕の頭にグイッと食い込まれた。そうでしょう?スパイなんでしょう?と、銃越しに伝わってくる。
僕は必死に考えた。如何に距離を保ちながら此処に居座れる嘘をつくか。かなり緊張が走る空間、相手には悪いが、こういう辻褄合わせは僕は得意だった。
「…家出です。王が急死され、疑いが僕にきて。それで家出した所、梟を追いかけ此処に。」
「!、あらそう。彼処の王が亡くなったのはご存知だけど、貴女に裏切りが向いたなんて知らなかったわ。」
ん?裏切り?、少し納得のいかない部分があったが、一先ずは信じてくれたのだろう。
「では一旦保護という形で良い?」
「いえ、殺します。」
執事はそう言うなり勝手に引き金に指を掛ける。その音を聞いた途端、コイツは本気なんだと僕は悟った。
「ちょ、気が早ぇよ馬鹿‼︎」
「貴様に聞いてない。」
「銃をしまいなさいケルト。」
「銃じゃないチャカです。」
「ならよし。」
「いやヨシじゃねぇよ良くねぇよ!ケルトっていうんだな名前覚えたかんな、」
「落ち着け。落ち着かないと撃つぞ。」
「はぁ?誰の所為だっつうの。」
「二人とも、良いからさっさとはけなさい。」
「承知。」
きっとお嬢様であろうそいつが指示を出すと、執事は銃を僕の頭に向けたまま腕を引っ張って部屋を出た。
「ケルト、そいつを殺したら仕事を増やしますよ。」
「…チッ。」
これである程度分かった。全く、此処は常識の通じない並外れの屋敷だ。執事は自分勝手だし直ぐに銃を向け、お嬢様も優れた情報量の割には執事の教育を放棄しているヤバい奴。だから恐ろしいと避けられ、人が居なくなるんだ。此処は人気が無いだけだとばかり思っていたが、実際に屋敷内にはお嬢様と執事の二人の姿しか見られなかった。
「ほら、此処が今日からお前に配属された部屋だ。」
せかせかと案内された屋敷の角にある一室。空き部屋の割には案外綺麗に整えられてあり、チラと摩ったタンスの埃も、殆ど無いに等しかった。
「寄生虫の様に人の家に住み着くのは良いが、貴様には何かしら働いて貰うぞ。」
「…、はい。」
「返事が小さい。」
「はい!」
「…フン。」
なぁにがフンだこの野郎。初めは何の知識も無い小癪な奴だと思っていたが、王家の血族と知っていながらの態度だったのならそれは唯の無礼者じゃねぇか。
僕は部屋の奥、庭が見える窓際に置かれたベットに荷物ごと体重を預けて天井を見ながら、今日の出来事や、今の状況を噛み締めた。
「っクソッ、こんな心算じゃ無かったのに…。」
僕はベットの上で両手を広げ、碌に靴も脱がずに大の字になった。
窓から見える広い庭は、放置された雑草が生い茂ると思いきや、この部屋同様意外にも綺麗で、整っていた。