第二話 謎多きシドルヴァ家 ⑵
森へ入ると、足元の草むらはより一層高さを増した。僕の体格が元々小柄なだけあって、草の高さが胸ギリギリまで伸びている。
「誰か管理しとけっての…。」
僕はヤダヤダと草を掻き分けながら梟の後を追い続けた。
小枝を投げたり、大声を出したり、色々な策を使って相手を止めようとしても無駄だった。もう追い掛ける事しか出来ることはなく必死で足を回すが、何かをカチッと踏む音がしては矢が飛んでくる。
(罠か…、)
次の音と共に一歩だけテンポをずらし、一瞬にして前を通り抜けていく細い矢を難なく手で掴み上げると、矢の先には麻酔が塗られてあった。
「…チッ」
拾ったついでにそれも梟へ投げてやる。そしてすんなりかわされる。
「チッ」
僕はもう一度舌打ちをした。
梟は優秀だそうだ。それは我が国でも言われ続けていた。しかし此処まで優秀だったかどうかは分からない。僕はそれを不思議に思いながらも、一瞬だけ辺りを見回した。
途切れ途切れに聞こえる奴とは別の鳥の鳴き声。間隔が均等過ぎて違和感を感じた。一度はモールス信号かと疑ったが、先程のタイムロスの所為で少しでも梟から気を剃らすと逃げられてしまいそうだ。
僕が慌てて録音端末を起動させ前へ一本踏み出したその時、急な下り坂に足を滑らす。
「うぇぁっ?!」
ザザザッザァッッッッッッ!!
突如消えた足元から身が投げ出され、走っていた勢いもあってかなりの衝撃をくらってしまった。
「アッハハハハハ!前しか見てないからそうなるのだよ!!」
「…んだと…、?」
僕は痛々しく皮がめくれた二の腕の砂を払いながら顔を上げると、其処には黒いタキシードを来た男が一人。
「だ、誰だよお前…。」
「アハハ、久しい客は常識知らずで口も悪いか。良いだろう、案内してやる。」
「ハァ?だから誰だお前、」
そう言ってなびく相手の服の端を掴もうとすると、梟よりも腹の立つ顔でヒョイとかわされる。
「ハッ、身をわきまえな不法侵入者さん。今すぐにでも縄をかけてやっても良いんだぞ?」
と、急に腹の立つ顔が目の前まで迫り、彼の片手はガッツリと僕の両手首を捕えていた。その瞬発さに驚いていると、そいつはニコニコとまた背を向けて歩き出す。
今やっと気付いたが、もう少し草むらを抜ければ其処には豪華な屋敷があり、周りは木以外に何も無い。僕は服に付いた土や葉をはたき落とし、自分が落ちて来た坂を振り返った。特に柵もなく、監視カメラらしきものもない。葉が生い茂っている所為で奥が見えづらく、其処に誰かが立っていたとしても到底見えないだろう。
(こんなんじゃ暗殺者に囲まれたら一発だぞ…?)
そう森の様子を見ていると、目の前の枝にさっきの梟が舞い降りて来た。手を伸ばせば捕まえられそうなのに、何処からか光を反射させた赤い瞳にじっと睨まれてしまっては、指先すら動かなかった。
「…。」
梟は僕を見つめるなり首を左右に何度も傾げ、片方の羽でバサバサと僕を追いやる様な仕草をする。
「何をしている?」
「うわっ⁉︎」
急に耳の近くで囁かれ振り返れば、さっき屋敷に戻った筈の男が何時の間にか背後まで迫って来ていた。後ろでまたバサバサと羽の音がして、梟がこの状況を楽しんでいるのが見なくとも分かる。
「誰も取って食おうなんて考えちゃいないさ、早く来なさい。」
と手を差し伸べられたが、これじゃまるで子供扱いだ。折角王になる為の条件をクリアしに来たんだし逃げる訳にもいかない。本当は相手にバレずに潜入捜査を進める心算ではあったが、例えバレた所で目的を果たせば良いだけだろう。
僕はバシッと奴の手を存分に叩いてやり、奴より先に歩き出した。どうせ執事か使用人かであろうやつは、フフッと笑い後を付けてくるだけ。
広い割には人気の無いこの屋敷一帯は、僕にとって、どうも見慣れず違和感しか感じられなかった。