第十二話 最悪の再会の相手
地下牢に響く足音は次第に輪郭を帯び、音も大きくなってくる。
「逃げられ無かったって噂は本当なのね。」
「…?」
僕はその声を聞いても、誰なのか直ぐには分からなかった。口調も、特別聞き覚えは無いし、女性という特徴だけでも思い当たる人物がいない。
「全く、何してんのさお兄ちゃん。」
あ、一人いたわ。長らく離れていたから覚えてなかったけど、僕には義理の妹がいたんだった。
「再会の場にしては最悪、せめて逃げて欲しかったんですけど。」
彼女は二人の騎士を連れて僕の目の前に現れると、ぐだぐだタラタラと文句を垂らした。
彼女と会ったのは十二年前、三歳差の中で、僕は六歳だった。その頃はまだ王宮暮らしだったんだけど、僕の父と市民との間に彼女が生まれた事をきっかけに、僕等は王宮からの追放を余儀なくされた。その挙げ句父は市民の女性と何処かの国に駆け落ちし、彼女は周りからの同情とまたも叔父の贔屓のおかげで今も王宮の管理を任されている。僕は知っての通り、王宮外れの一軒家で一人寂しく暮らしてたんだけどね…。
「なんで何も喋ってくんないの?私が産まれた事、怒ってんの?」
「いいや、そんなつもりは無い。」
「じゃあその険しい顔な何?」
「…なんか僕よりも大きくなってない?」
「え、そこ?」
いや、そこなんだよ。なんかこいつ、僕より身長高いんだよ。今は座ってるから分からないだろうけど、この折り曲がった足に彼女を上回る程の長さがない事は明らかだ。
「お兄ちゃんまだ成長期来てないんでしょ?」
「そうだと良いね。」
僕はこれ以上話させまいとぶっきらぼうに返事をするも、彼女はお構い無しに話し掛けてきた。
「今何センチ?」
「温泉地。」
「そういうの良いから。」
「…162センチ。」
「ん、勝ったわ。」
「…この野郎。」
まぁ、まだあっさりと言ってくれたから思ったより傷は付かなかったけど。
僕は檻の柵越しに妹を見つめると、気まずくなったのか彼女は顔を逸らした。
「お兄ちゃんってさ、あの家で何してたの?」
「ん?何って、市民の情報に纏わる書類管理だけど?」
急に如何してとは思ったが、今更何を恥じるもんかと僕は正直に答えた。
「あぁ、だから書類があんなにもあったのね。あんまりの量に怖くて中身見られなかったわ。」
「中に入ったの?」
「うん。もう古いから、一旦取り壊して新しいのを作るって叔父様が。それで中身を調べてくれって言われてついさっきまで調べてたの。」
あの家を一旦取り壊してまた作り直す?…そんなの嘘に決まってる。どうせ僕の居場所は一生地下牢、だからあの家が要らなくなったに過ぎないんだ。とことんやってくれるなあの叔父め。どうせ代わりに建てたとしても、馬小屋か便所の二択だろう。
「で、その事なんだけど、タンスの引き出しからいっぱいお母様の形見が出てきてね、」
「何時までいるんだ?」
「え?」
「何時まで其処にいるんだと言っている。」
僕はさっさと出ていって欲しかった。あの家は壊されるんだ、形見の中に収められていた形見なんて、どちらか一方でも壊されるならもうどうでも良い。
「何時までって、私ずっとこの人達と此処にいるけど。」
「…ぇえ?」
「だって仕方ないじゃない、私此処の護衛を任されてるんだから。」
「…ゔぇ。」
「うわ、何その汚い声。」
妹は笑った。僕は顔を顰めた。妹とはいえ、なんでよりによって護衛がお喋りなんだ。しかも相手は容赦無いし、僕が疲れている事も知らない。きっと配属したのは叔父で、僕の逃亡を拒む様に妹を寄越したか、ちょっとでも家族の安らぎをと妹を寄越したかのどちらかなんだろう。まぁあの人の性格からして前者の方が優勢なんだろうが、あの兄弟も換喩していたらと考えれば、充分に後者も有り得てしまう。
僕はあぐらをかいたまま、冷たい地面に寝転んだ。
うるさい妹からやっと解放され、僕の見えぬ所に散らばってくれたおかげで、僕はあれやこれやと考える必要が無くなったのだ。今頃ラナさんとケルトはどうしてるかな。っていうか男だらけが管理するこの王国より、女二人が管理する王国の方が平和で安全ってどういう事だよ。まぁあそこの市民がシドルヴァ家についての情報をどれだけ知っているのかは知らないけれど、にしても統制はしっかり捗っていたし、見る限り平和な街だった。
「…なんか悔しいな。」
それは、僕の心の底から出てきた言葉だ。王が亡くなる前は一生掛かっても浮いてこなかったであろう言葉が、今は自然と浮いてきた。
僕はまだ諦めてはいない。僕はこれからシドルヴァとして生きていくんだ。でもどうやって逃げよう。ケルトだったらどうするだろう。その繰り返しの中で、僕には少しずつ、希望を見出す様になってきた。