第一話 謎多きシドルヴァ家 ⑴
僕は今、とある任務を背負いながらこの街を仕切る大きな屋敷へと向かっている。見る限り街の景気は良く、僕等の縄張りとは違って、市場が整っており市民も非常に過ごしやすそう。しかし噂によればその屋敷の評判は悪く、道を尋ねる度に険しい顔をされる。これも、僕等の縄張りとは違って。
「…あ、あの!シドルヴァのお屋敷ってどちらですか?」
「何だい坊や!?あんな所死にに行くようなもんだよ?」
「でも僕は行かないと、せめて道だけでも、」
「嫌だね。あんな所案内するだけでも恐ろしいよ!」
今度も駄目だった…。僕は諦めて、とぼとぼと歩きだす。
しかし一体何故そんなに恐れられているのか。僕の主人は唯任務を言うだけで何の情報も与えてはくれなかった。唯一与えられたのは、相手のトップは王では無く、お嬢様だという事。因みに僕等のトップは王で、勇ましい身なりと広い心、そして豊かな感性の持ち主である。しかし景気は荒れに荒れ、王は今では行方不明。そこで新たな王の誕生を迎える為の任務として、先ずは僕が、此処に派遣されたのだ。
にしても分かりにくい任務だ。地図もないし連絡も取れない、おまけにシドルヴァなんて言いにくい名前付けやがって、と近くのポストに八つ当たりをしていると、ついうっかりポストが傾き、中身を外へぶちまけてしまった。
「あぁあぁごめんなさい。」
と心にも無い事を言った後に、僕は向こうじゃ王の親族なんだぞ、と小声で文句を加える。
落ちた手紙やらハガキやらを集める内に、見慣れない豪華な一枚の紙を見つけた。
「…?」
「さっさと拾わんかね。」
紙を見ながらボーッとしていると、突然肩を叩かれる。振り替えるとジジイが、いや、か弱い爺さんが立っており、どうやらこの家の主の様だ。
「ポストを壊したことは許しちゃる。しかし人の郵便物を漁るのはどうかと思うぞ?」
「す、すいません。」
「その感情の乗らない謝罪も、わしゃ好かん。」
「…すいません。…あの、この紙って、」
「シドルヴァの嬢ちゃんからの手紙だ。他所者には分からないだろうが。」
と爺さんは杖で残りの手紙を掻き集め、よっこいしょと腰を屈めて拾い上げる。ほらそれも、と言われてやっと僕は紙を差し出したが、それ以上の事は出来なかった。
「…もしかして此処に行こうなんざ考えて無いだろうな?」
爺さんは玄関に入る手前で立ち止まり、そう言った。
「…。」
「黙っているという事はそう考えてんだな?何処の物好きかは知らんが、この屋敷はずっと遠いぞ。外れの森の中だ。行こうとすれば馬車か馬か、いずれにせよ徒歩で行こうとすれば死ぬ。言える事は此れ迄だが…まぁせいぜい頑張るんだな。」
「あ、有難う御座います!」
すると爺さんはフッと笑って今度こそ家に入っていく。ちらっと見えた爺さんの家の玄関には三色の風船が浮いてあり、ユラユラと此方に手を振っている様にも見える。人の遊び心というのは何処の国でも見た目にそぐわないんだなと、僕は思った。
「さてさて、目指すは森と言った所か…?」
爺さんの家を離れて、僕が思った事はもう一つある。
それは、この街を囲む大体の範囲が、森だという事だ。これじゃ何処の森の中にあるのか見当もつかなければ、それらしき道も無いし何処から入ったら良いのかさえ分からない。到底今の時間帯から馬は借りれないし、宿に泊まるにしては遅すぎる。時間に関しての情報を一切伝えていなかった此方も悪かったが、今の時刻はなんと二十二時。つまりは午後の十時である。貴女方が想像してくれていた様に夕日の光が差している訳でもなく、街が騒がしい訳でも無い。皆は店終いをしているし、活気があるものと言えば、目の前の木にとまる梟くらいだろうか。
( …ん、梟…? )
梟というのは、基本は手紙のやり取りで使うモノ。見た目の格好の良さからしてペットとしても人気であり、こんなに街の近くに生息して捕まらない筈が無い。…さては何処かの犬だな。直感的に、そう感じた。僕はゆっくりと街と森を遮る柵に手を掛け、グッと一思いに上に飛ぶ。流石の梟もその音に反応して翼を広げたが、此方の姿がまだ見えぬのか、飛び立つ事はしない。それを良い事に、僕は取り出した双眼鏡で梟の胸元の紋章を確かに読み取った。
(間違い無い、あれはシドルヴァ家の使いだ。)
その紋章はさっきの爺さんの紙に書いてあったものと同じで、中央の鷹のシルエットに剣が十時に刺さっている。梟に鷹か。何のジョークかは分からないが、僕は片手に短刀を構え、慎重に梟へと近付いていく。
…ッ!!
後り数歩、という所で相手に気付かれ、梟は真っ直ぐ飛んでいってしまった。
「…南か。」
例え獲物を逃したとて方角が分かればこっちのもの。本来なら紐で梟を縛って案内させたかったが、まぁ知らない土地を楽しむのも良いだろう。街と反対方向な事は気に食わないが、僕は軽い気持ちで、深い森へと足を踏み入れていった。