42
朝食を摂った後、皆はそれぞれに思い思いの場所で寛いだり遊んだりした。
圭太達とプールへ言ってみたが、海が見える美しい庭に囲まれたプールで、同じプール組の人達と楽しく遊んだ。
いつの間にか三原がリビングにゲーム機を幾つか持って来てくれていて、天井から吊り下がるモニターでゲームをして過ごしている人達も居た。
一度大きく開いた門を出てビーチにも行ったが、遠く島陰も何も見えない、大海原が珍しくて何枚も写真を撮った。
そんな皆の様子を窓から眺めながら、巽は言った。
「…それで?データは取れたのか、アラン。」
アランと呼ばれた、三原が答える。
「はい。検体5がステージⅢ-1、検体6がステージⅡ-3の大腸ガン、検体18がステージⅡ-4の乳ガンでしたが、問題なく。他は特に何も見つかりませんでした。」
巽は、頷いた。
「仁が気になっていたのだが、やはりⅢまで進んでいたか。この7日で綺麗に消えたか?」
三原は、頷いた。
「はい。本人は、寝ている間の事で気付いてもいないでしょうが。」
巽は、息をついた。
「ならばいい。」と、伸びをした。「私もそろそろ退所を考えているのでね。上は定年など気にすることはないと言うが、もう疲れたのだよ。結局、一番やりたかったことはできなかった。父が遺した薬を改良するだけで終わった。」
三原は、心配そうな顔をした。
「…まだお若いではないですか。我々としては、残って私達の研究を見守って欲しいと願っておりますが。」
巽は、苦笑した。
「これは見た目だけだ。」と、窓の外へ目をやった。「父と同じ。見た目は三十代でも中身は立派に還暦だよ。こんなもの…何の役に立つと言うのか。結局、私は間に合わなかった。父も母も、共に若い見た目でありながら老衰で逝った。私は…もう、疲れたのだ。」
そこへ、ノックも何もなくいきなり扉が開いて、見慣れた姿が飛び込んで来た。
「新!」
巽は、それを見て顔をしかめた。
「…颯。なんだ、来たのか。研究はどうした。」
颯と呼ばれた男は、腰に手を置いて言った。
「落ち着いたからレナードに任せて来た。廉は?ムチャしないように側で見てろって言ったのに。」
新は、答えた。
「あれはまだ若い。皆と遊び回っている。私もアランから報告を受けたかったし、行って来いと言ったのだ。君は私を監視して楽しいのか?どこまでもついて来るな。」
颯は、ため息をついた。
「うちの父さんが亡くなって、新の気持ちが分かったしね。あれから新、なんかヤル気もないし何をするかってハラハラしてて。何しろ君はやろうと思えば何でもやるだろ。やり終えたとか言って、さっさと死ぬんじゃないかって心配なんだ。」
新は、息をついた。
「それはない。命を救う研究をして来たのに、なぜ己の命を自ら絶たねばならぬのだ。君の父の要も、私の父を目指して生きていたからあの後すぐに後を追うように衰弱して亡くなったし、君の気持ちは分かるつもりだ。君こそ私まで失いたくないと、必死なのではないのかね?」
颯は、黙り込む。
新は、続けた。
「…まあいい。私は来年には退所する予定だ。君も役目を終えたら私の屋敷へ来るがいい。共に余生を過ごそうではないか。何年あるのかわからないがね。」
颯は頷いて、窓の外を見た。
そこには、楽しげにはしゃぐ人達が見えていたのだった。
日が暮れて夜になり、達也が圭太と共に食事のためにキッチンへと入って行くと、そこには巽と、廉、仁が居た。
達也は、言った。
「あれ。巽さん、ずっと部屋に籠ってたんですか。今まで顔を見なかったって今顔を見て思いました。」
巽は、答えた。
「特にやることもないしね。君達は、楽しんだかね?」
圭太が、何度も頷いた。
「廉と仁さんから聞きませんでしたか?プールに行って、ビーチも見に行って来ました!こちらのビーチはサメ避けのネットをしてないから、波打ち際しかダメだって聞いてたし、見ただけですけど。」
巽は、頷いた。
「ここらはサメが多いからな。反対側はネットがあるのだが、こちら側は船が来るのでないのだよ。」
達也は、驚いた顔をした。
「よく知ってますね!オレにはここらがどの辺りなのかも分かってないのに。」
それには、廉が答えた。
「この人にわからない事なんかないよ。星だって読むくらいだからね。ところで、夜はどうする?なんか哲也は飲みながらゲームするとか言ってたけど。」
達也は、顔をしかめた。
「そうだなあ、昼間に動き回り過ぎてめっちゃ疲れてるんだよな。すぐに眠くなる気がする。なんか、哲也はやる気だったけど。」
圭太が、ウンウンと頷いた。
「だよね。明日この腕時計と賞金が引き換えられるって三原さんから聞いて、あの最新ゲーム機買うとか言ってたぐらいだもんな。めちゃ気に入ってた。」
廉は、苦笑した。
「そう。」と、巽を見た。「僕は…ちょっと哲也に付き合って来るかな。利喜も翼も同じように疲れたとか言って、ゲームはしないみたいだったし。哲也一人だとかわいそうだよね。」
巽は、頷いた。
「ならば、君は行くといい。私は部屋に帰る。」と、仁を見た。「君は?ゲームをしないのか。」
仁は、肩を竦めた。
「歳のせいかそんなに体力ないんだよな。若い達也達でも疲れたのに、この歳で若い子達とプールで遊んだりしたから、もう眠気が来てるぐらいだ。オレも部屋に帰ってもう、休む準備をするよ。」
まだ七時を過ぎたばかりではあるけど。
達也は、そう思った。
「…じゃあ、おやすみなさい、仁さん、巽さん。オレ達は食事をしてから、ちょっと哲也達に合流してすぐ部屋に帰ります。」
巽と仁は、立ち上がった。
「ではな。」
巽は、あっさりと言って、キッチンを出て行った。
仁が、それを追って出て行くのを見送りながら、達也は圭太と共に冷蔵庫を漁ることにしたのだった。
巽が階段を上がっていると、仁が追い付いて来て、声を掛けた。
「巽さん!」巽は、立ち止まって振り返る。仁は続けた。「変な薬を使われたから、文句の一つも言うのかと思ったが、何もないのだな。」
巽は、首を振った。
「結局は私には使われなかったし、それに誰も死んでいない。後遺症もないようだ。皆楽しんでいるようだし、特に文句などないな。」
仁は、頷いた。
「確かにね。文句を言って帰してくれないとかなったら大変だ。」と、また階段を上がり出した巽と並んで歩いた。「また人狼カフェに来るだろう?次はいつ頃行くんだ?オレはやっぱり君には敵わないから、もっと同村して強くならなきゃと思ってるんだがね。」
巽は、答えた。
「…わからないな。仕事が忙しいし、最近は一つのプロジェクトが終わって暇があったから通っていただけなのだ。あそこはかなり前からあるだろう?父が昔、同じようにあそこで遊んでいたと聞いて、私も試してみたいと久しぶりの休みを使って行ってみただけで。また、時間の掛かりそうな案件が来ていたので、しばらくは行けないと思う。」
仁は、残念そうな顔をした。
「そうなのか。残念だな。だが、また暇ができたら連絡して欲しい。オレもその時には時間を作って参加するよ。できたら今回のような、ハラハラするゲームじゃなくて普通のゲームがしたい。」
巽は、微笑んだ。
「…気が向いたらまた連絡する。君も疲れただろう。今夜はゆっくり休むといい。」
仁が頷くと、巽は自分の部屋のある三階へと上がって行った。
仁はそれを見送りながら、どうしてかもう、巽には会えないような錯覚を起こした。
明日は、また共に船で現実社会へと帰って行くというのに。




