32
次の日の朝は、達也は前日ほどスッキリと目覚めなかった。
いろいろ考えていると、少し寝つきが悪くて、おまけに眠りが浅かったのか、目覚めてから頭が重い。
それでも、朝6時の前にはしっかり目が覚めたので、トイレに行って、扉の前で閂が抜けるのを待った。
すると、何の前触れもなくいきなりに、バシンと扉から音がした。
…開いた!
達也は、サッと扉を開いて、廊下へ飛び出した。
すると、斜め前の部屋の圭太が出て来たのが見えた。
「達也、良かった無事か。まあ、昨日は霊媒噛みしかないだろうし。」
すると廊下の向こうから、仁が言った。
「みんな居るか?!こっちは…まだ泰裕が出て来てないけど、そっちは?」
仁は5号室なので、向かい側は9号室、泰裕の部屋になる。
必然的に毎日顔を合わせるので、一番に気になったのだろう。
…そういえば、かおるは?
達也は、ハッとした。
自分は7号室で、向かい側は1号室、そしてその隣りが2号室で圭太だった。
1号室の扉が、開いていないのだ。
かおるは、霊媒師の一人…。
途端に、胸がドキドキと早鐘のように打つ。
「…かおるちゃん?」
圭太は、頷く。
「かおるちゃんが出て来てないな。」
その声は、少し震えていた。
すると、向こうの方から哲也の叫び声が聴こえた。
「…来てくれ!泰裕が起きない…!!」
「ええ?!」
まさか、泰裕が襲撃?!
だが、泰裕は全くのグレーだ。
「…でも、だったらかおるちゃんは?」圭太は、部屋の扉を少し開いて、そこから声を掛けた。「かおるちゃん、みんな出て来てるぞ?泰裕が襲撃されたみたいだ!」
だが、返答はない。
ただ事ではない。
達也は、哲也の声に9号室へと歩いて行っている、3号室の朱理に声を掛けた。
「朱理ちゃん!かおるちゃんが出て来ない!」
朱理は、こちらを振り返って、悲鳴のような声を上げた。
「ええ?!」と、走って来た。「まさか…!!」
かおるが霊媒師の一人だと、朱理も意識に上ったようだ。
朱理は、物凄い勢いで走って来て、扉を開いて飛び込んで行った。
「かおるちゃん!」と、遠慮がちにこちらで覗き込むようにしていた達也と圭太の目の前で、朱理は床に膝をついた。「ああ!!嫌よ!かおるちゃんが!!」
こっちもか。
達也がどっちへ行ったらいいんだとオロオロしていると、仁が廊下へと顔を出して、言った。
「そっちもか?!まさか…颯太の道連れ?!」
すると、巽の落ち着いた声が割り込んだ。
「呪殺ではないのか。」と、階段から降りて来た。後ろからは三階の皆がぞろぞろと降りて来ている。「私は早紀さんを占って白。早紀さんは無事。圭太は?」
「泰裕を占って白。」と言ってから、ハッとした顔をした。「そうか!泰裕は狐だ!オレは呪殺したんだ!」
翼が、言った。
「オレは、翔馬を占って黒。」と、ため息をついた。「昨日颯太を吊ってるから、呪殺だったとは言えないぞ。たまたまそこが道連れになったのかもしれない。」
すると、健斗が後ろから言った。
「オレは、美加ちゃんを占って白。」誰よりも暗い顔だ。「駄目だ、オレは呪殺を出せなかった。真証明したかったのに。」
達也が、言った。
「とにかく、重要なのは、霊媒結果だ。黒とか後で考える!かおるちゃんが襲撃されてる。拓也と裕太、結果は一斉出しだぞ?3、2、1、」
「白!」
「黒!」
…やっぱり。
達也は、ため息をついた。
結局、かおるが真の一人だったと言う事だ。
…哲也は、どうして昨日かおるを守らなかったんだろう。
達也は、むっつりとした。
前日に巽を守ったと言っていたのだから、守れたはずなのだ。
だが、恐らくは哲也も、迷いに迷って外したのだろう。
廉が、言った。
「今、どっちが黒って言った?」
拓也が、手を上げた。
「オレ。」と、裕太を睨んだ。「こいつが偽だったんだ。かおるちゃんともっと話しておけば良かった。」
裕太は、フンと鼻を鳴らした。
「オレから見たらお前が偽だ!颯太は白だったんだぞ、きっと泰裕は道連れになったんだ!」
達也は、言った。
「そんなに上手い事占い先が道連れになるか?普通だったら呪殺が出て襲撃が出て、道連れに他一人って感じだったんじゃないのか。それが、占い先と霊媒師一人の犠牲だったんだから、どう考えてもこれは呪殺で、圭太が真占い師、颯太は偽。とはいえ、その色が白だったか黒だったかまで分からないから、まだ占い師二人の精査はつかない。背徳者か狂人かって事もあるからな。結局、かおるちゃんが何色を見ていたかが重要だったんだが…」と、ハッとした。「そうだ!かおるちゃんは確か、霊媒結果を全部メモってるって言ってたんだった!」
それには、床にへたり込んでいた、朱理もハッと顔を上げた。
「そうよ!」と、ベッドの方へと駆け出した。「あの子、きっとどこかに隠し持ってるはずよ!襲撃されても結果だけはって言ってたもの!」
皆が、ぞろぞろとかおるの部屋の方へと歩いて来る。
巽が、かおるの部屋の前で言った。
「…かおるさんは、結果をメモしていると?」
達也は、頷いた。
「そうなんです。昨日言ってたんですよ、襲撃されても結果だけはって思ったって。だから、結果を書いて、一昨日の夜は口に含んで寝たらしいんです。朝になったら上あごに貼りついてて、取れなくて困ったと言ってて。」
巽は、頷いた。
「私が見よう。」
そして、さっさと中へと入って行く。
それを見て、遠慮していた他の人達も、わらわらとかおるの部屋の中へとなだれ込んで行った。
かおるは、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。
だが、絶対的に違うのは、真っ青な唇と、全く動かない胸。
まるで蝋人形のように、かおるはそこに横になっていた。
「どこに…昨日は、口に隠してたって言ってた。」
朱理は、恐る恐るかおるに触れる。
そして、そこで涙を流して触れた手を離した。
「…冷たい。全く温度がない…。」
ということは、もう何時間も前に亡くなったのだろう。
皆が暗い顔をしているのに、巽は全く動じる様子もなく、ポケットに手を突っ込んでそこからゴム手袋を引っ張り出すと、それを嵌めた。
「ちょっと見せてくれ。」
朱理は、涙を流しながら場所を空ける。
巽は、じっとかおるの顔を見てから、布団を避けてあちこち診察するように触れた。
そして、言った。
「…廉。」と、手を離した。「君も見てくれないか。」
廉がやって来て、巽からゴム手袋を受けとるとそれを着け、かおるを見る。
背中に手を突っ込んでみたりしながら、こちらからしたら何を見ているのかわからない時間が過ぎて行き、廉は言った。
「…え?何で硬直してないの?」
巽は、頷く。
「やはり君も思うか?」
仁が、堪らず言った。
「なんだ?どういうことだ。」
巽は、こちらを向いた。
「まず、大前提としてかおるさんは死んでいる。見た限りでは、だが。体温は完全に下がって恐らく死後かなりの時間が経っているのだが、死後に現れる変化が全くないのだ。」
廉は、言った。
「人の中には微生物満載だからね。死んだら一気にそいつらが分解を始めるし、変化があるはずなんだけどそれがないんだよ。目とか、綺麗なんだよね。背中も腕も、下になってる所も変色してもないし、かおるちゃんは死んでるのに死んでないみたい。」
達也は、緊張しながら言った。
「それ…それって、もしかしたらかおるちゃんは、死んでないかもしれない?」
巽は、首を振った。
「いや、死んでいる。だが、死後の変化がない。私達の目から見たら、そんな感じだ。計器もないし血液検査もできない今、私達が言えるのはそれだけだ。」
廉も、言った。
「そう。夕方ぐらいにまた見に来るけど、多分…かおるちゃんは、帰って来られる状態なんじゃない?ルールブックは、嘘は言ってないのかもしれないってことだよ。」
勝てば、帰って来る。
戻って来られるかもしれないのだ。
現実的にそれは無理かもとどこかで諦めていた達也だったが、降って湧いた希望に心臓が大騒ぎして、うるさいぐらいだった。




