22
「落ち着け!」皆が叫んで大騒ぎのリビングの中で、巽の鋭い声が響いた。「ゲーム続行不可能だと判断されたら、一瞬にして殺されるぞ!」
その声に、皆が一瞬にしてシン、と静まり返った。
廉が、頷いて仁のルールブックを指した。
「みんな、ちゃんと読んでないの?その他ゲームが続行できないと判断された者は、追放となります、って書いてあったでしょ?こうなったら命を守るためなんだから、しっかり読んでおかないと駄目だよ。僕でもちゃんと全部読んだのにさ。」
読んでなかった。
達也は、それをぼんやりと聞いて、我に返った。
ゲーム関係の所ばかりを読んで分かった気でいたが、その他にも細かいことが書かれてあった気がする。
だが、それほど重要視していなかったのだ。
まだしゃくりあげていた、かおるが言った。
「そ、それって…じゃあ、泣いてゲームできなくなったら、追放ってこと…?」
巽は、冷静に頷いた。
「その通りだ。私達には、それを拒否する術はない。こうして目の前で、一瞬で美夢さんを殺して見せたのだから、我々だって役に立たないとなれば殺されるだろう。こうなると…状況を考えても、ゲームをするよりないのだ。」と、腕を見た。「これが有る限り。村人ならば、勝って帰れることを信じてやるしかない。」
皆は、美夢を見た。
どこまでが真実なのかはわからないが、一瞬で殺す術を持っているのなら、一瞬で蘇生する術も持っているのかもしれない。
そう思わないと、やってられないのだ。
「…じゃあ、みんなとりあえず落ち着いて。命を守る事を最優先に考えようよ。美夢ちゃんは、部屋に連れてってあげよう?こんな所に転がしておくのはかわいそうだからね。」
廉が言うと、仁が、青い顔のまま言った。
「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?人が一人、目の前で死んで、自分も死ぬかもしれないのに。」
それには、巽が答えた。
「…これまで私達は、数えきれないほどの死体を見て来たし、目の前で成す術なく亡くなって行くのも見て来ているから。騒いでもどうにもならないことは、身に染みてわかっているのだよ。特に私は、ヒトの細胞の研究をしているのでね。サンプルを取るためにも、何体もの検体を扱って来ている。今さらなのだよ。そんな私でも、道具が無ければ何もできない。この身一つではできることは限られている。即死でなくとも、直接体に注入された薬で死んで行こうとしていたとしても、今の私は何もできなかっただろう。医者は万能ではないのだ。」
廉も、頷いている。
これが怪我だったりしたら、恐らく何とかしようとしたかもしれないが、恐らく薬品で一瞬にして目の前で心肺停止した人を前に、確かに何が起きたかも、何の薬が体に入ったのかも分からないのに、どうしようもなかっただろう。
薬を特定できたとしても、それに対応した薬品もまた、ここにはないのだ。
それを、巽と廉は言っているのだろう。
達也は、段々に頭がハッキリしてきて、いつの間にか自分が涙を流していたのを知り、それを拭うと、立ち上がった。
「…こんなところで死ぬわけには行かない。もしも勝ったとしても、どうなるのかわからないけど、今はできることをするしかないんだ。全ては、勝った後のことだ。」
仁も、顔色はまだ悪かったが、頷いた。
「そうだな。仮に皆がゲーム放棄したとしても、全員殺してまた、次の犠牲者をここへ連れて来るんだろう。参加したい人はたくさん居たんだ。もしかしたら、オレ達の前に誰か居たかもしれない。簡単に諦めたらダメだ。」
時刻は、もう9時に近付いている。
モニターには、まだ投票結果が表示されたままだった。
「…メモっておこう。」利喜が、言った。「誰がどこへ投票したのか。明日出る結果と照らし合わせて、人外が分かるかもしれないじゃないか。他の男子は、美夢ちゃんを頼む。部屋に運んでやってくれ。」
皆は頷いて、廉が美夢の目を閉じさせてやり、数人で軽い美夢の体を、三階へと運び上げて行ったのだった。
三階の18号室へと美夢を寝かせた一同は、部屋から無言で出た。
一緒に運んで来たのは、廉、哲也、翔馬、仁、庄治、圭太、達也だった。
美夢は羽根のように軽かったので、こんなに人数は要らなかっただろうが、なんとなく手伝おうと達也は思ったのだ。
美夢の体は、まだ温かかった。
直接手を下したのではないにしろ、これを決めたのは、投票した人達なのだ。
美夢の部屋から出ると、圭太が言った。
「…部屋に帰るか?飲み物はどうする。」
敢えて、今知った追放の事実には触れないようにしているようだ。
何を言っても状況は変わらないのだともう知っているからだった。
達也ももう考えたくなかったので、何でもないように答えた。
「…そうだな。まだ部屋の冷蔵庫にあるんだ。だからこのまま部屋に帰る。なんか…疲れて休みたい気持ちで。」
圭太は、頷く。
「オレも。じゃあ帰ろうか。」
他の人達は、無言のままあちこち去って行った。
二人は、トボトボと足取りも重く階下へ降りて行き、二階の部屋へと向かった。
すると、一階から上がって来た、巽が二人を呼び止めた。
「達也。」二人が振り返ると、巽は続けた。「私の考察を君に話しておかねばならない。もうあまり時間もないし、私も役職行使がある。部屋へ行ってもいいか?」
達也は、正直疲れて今は考えたくなかったが、生き残るためにはそうは行かない。
なので、気力を奮い起こして頷いた。
「はい。聞いておかないと。」と、圭太を見た。「圭太も。信じてるぞ。また明日な。」
それがあるのかどうか、今の時点では分からなかったが、恐らく狼が狙うのは霊媒師。
圭太は、達也に頷いた。
「うん。じゃあまたな。」
圭太は、部屋へと入って行った。
達也は巽に頷きかけて、そうして二人は7号室へと入って行った。
部屋は、真っ暗だった。
急いで照明を着けた達也は、窓際の椅子を引っ張って巽に言った。
「座ってください。あの、メモったほうが良いですか?」
巽は、座りながら頷いた。
「君が全て覚えていられるのなら良いが、そうでないなら書いた方がいいな。とはいえ、私も定かではないことを話すし、必ずその通りだとは言えない。あくまでも、私の今の推測でしかないのだ。」
達也は、それを聞いて急いで机からメモ用紙とペンを持って来た。
そして巽の前に椅子を置いて座ると、言った。
「…どうぞ。何から話しますか?」
巽は、答えた。
「まず、占い師の相方だ。」と、達也が書き始めるのを見守った。「恐らく、圭太ではないかと思う。」
達也は、巽を見ないで聞いた。
「それはなぜ?」
巽は答えた。
「他の二人は別の所で戦っているように見えたからだ。私達占い師は、自分の白先以外はわからないが、君も言ったように白先であっても人外の可能性は残っている。もし、白先でもおかしな発言をすれば、白人外なのかと疑うのが普通だ。だが、あの二人は白だという他に各々の白先、廉と颯太の白要素など挙げることもなく、ただ庇っているだけだ。そして、そこを攻撃してくる相手を敵視している。単にスキル不足なのかもしれないが、私には真の動きではないと感じた。それから圭太だが、自分と白先の庄治以外を全て怪しんで怖がっているようだった。その気持ちも分かるのだ。何もわからない、敵が誰だかわからないのは村人と同じだからな。人外、仮に狐だとしてもあそこまで怯える必要はない。もっと真を取るために、人外同士で話し合えるのだから、その情報も生かして考察を落とそうと躍起になるだろう。そんなわけで今の時点では、私の相方は圭太だろうと考えている。明日になったらわからないがね。結果が出て来るのだし。」
達也は、せっせとメモりながら頷いた。
「そう考えると確かに。霊媒師は?狂人だと思うって仰ってましたよね。」
巽は、答えた。
「それこそ私の推測でしかないのだが、皆が皆曖昧な意見で、この感じだと狂人だろうが、偽を見抜くのは最初は難しいかと思った。だが、最後の裕太が発言したのを聞いた時、裕太が騙りかと思った。なぜなら霊媒に狼が出ていることを追ったからだ。霊媒師ローラーでなくグレーに行くのを、もしかしたら止められるかもしれないという、思惑が透けて見えたような気がした。まだわからないがね。確かに霊媒に狼が出ている可能性だって捨て切れていないし。とはいえ、こうして追放されたら本当に死ぬ事実を見てしまった後では、騙りの奴らはやりにくくなったことだろうな。狼に襲撃されたくないが、結果を真と合わせてしまったら狼からはわからないので襲撃されてしまうし、かと言って合わせなくても村に吊られてしまう。今頃は出た事を後悔しているのではないかね。潜伏した方が、この場合は逃げ切れた可能性があるから。何しろ、占われても白しか出ないし、狂人アピールもできただろうからね。」
確かにその通りだ。
狂人は、この布陣の場合は潜伏した方が良かったかもしれない。
いつもなら、縄を一本使わせるためにそれでも良いと考えるが、今回は本当に死ぬのだ。
達也は、言った。
「…グレーは?怪しいところはありましたか。」
巽は、息をついた。
「…あった。が、今回私は占えないな。朱理さんは良いところ狐の可能性があるが、私が指定しても顔色も変えなかったので、恐らく村人。庄治は圭太の白なので、村人だろうと思っている。狩人と猫又の心当たりはあるが、今は言わない。違う可能性もあるので。会話からもしかしてと思っただけなのでね。」
そこまで予測できたのか。
達也は思ったが、深くは聞かなかった。
恐らく、もしかしたらと思った程度なのだろう。
「…どうやって考えたら、そんなにいろいろ分かるんですか?あの、オレには全く。」
巽は、苦笑した。
「まず、予測を立てるのだ。」巽は、言った。「幾つかの予測を立て、それに沿って議論を見ていたら、予測の内の幾つかに見合った動きをした時点で、他を一旦保留。その幾つかをまた念頭に議論を聞き、また予測に合った箇所で他を保留。そんな感じで残ったところが正解ではないかと考える。とはいえ、皆好き勝手動くし、予測の付かない動きもする。そうなったらまた予測を立てる。その繰り返しだ。私の頭の中には、何通りもの予測があるのだよ。」
そんなに整然と頭の中に並べておけるのか。
達也は驚いたが、言った。
「あの…じゃあ、怪しい所は結局どこですか?」
巽は、苦笑した。
「私の投票を見て、どう思った?君はどうして翔馬に入れたのだ。」
そういえば、巽も翔馬に入れていた。
直感ですとは言えないなあ。
達也は、答えに困ったのだった。