解決
___それじゃあ、そろそろこの事件も終わりにするとしますか。
そう告げた笑一は更に話を続けた。
「森下先輩はこの状況を意図的に作り出すために星宮に睡眠薬を飲ませ、ホテルの前で写真を横井に撮らせた。そう、さっきも言ったように、星宮が非難されるこの状況をね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どうして亮太先輩がそんなことをするのよ!?」
笑一が亮太の計画を話し出すと、由美が声を上げたため、笑一はより詳しく説明し始めた。
「それは、森下先輩にとって今の状況になることこそが今回の目的だったからだ。先輩はお前ら女子グループの関係性やある程度の性格も把握していたんだろうな、星宮が自分といる場面が撮られた写真を見れば、当然自分の彼女である本条は星宮が悪いと非難し、周りも本条に肩入れすると先輩は考え、星宮をひとりぼっちにさせるこの計画を思い付いたんだ」
「...ど、どうして?どうして亮太先輩は陽向を一人にしようとしたの...?」
「恐らくだが...森下先輩は星宮に好意があって、星宮がひとりぼっちになって傷心しているところに自分だけが手を差し伸べることで、星宮の気を引こうとしたんじゃないかと俺は考えている。どうです?これで合ってますかね、森下先輩?」
笑一が今回の事件の裏にある亮太の動機を明かすと、陽向たちは驚愕の表情を浮かべた。
由美は笑一が言ったことが信じられないのか、「そんなわけないわ!」と亮太に近づいた。
「亮太先輩、綾瀬が言ったことは嘘ですよね...?だって先輩の彼女は私ですもんね?そんな浮気みたいなこと、優しい先輩がするはずないですよね...?」
由美はどこか懇願するような表情をしながら、亮太に真意を確かめようと言葉を投げかけた。
そうすると、今まで話を黙って聞いていた亮太が「はははっ!」と急に笑い始め、豹変した。
「あぁそうさ!そうだとも!俺は星宮さん、いや陽向を俺だけのモノにするために今回の計画を実行したのさ!はははっ!」
「あっ、え...?亮太先輩...?」
亮太の突然の変貌に由美は固まってしまい、うまく声が出せないでいるようだった。
陽向は「綾瀬...」と言い、体を強張らせながら笑一の制服の袖をギュッと掴んだ。
これが先輩の違和感の正体だったのかと、笑一は静かに先日の亮太の表情から感じられた違和感に納得していた。
「でもね綾瀬くん。君は勘違いをしているよ?君は俺が陽向に好意を持っているから今回の事を引き起こしたと言ってるけど、好意なんてものじゃない、僕は陽向を愛しているのさ!一年ほど前、君の姿を見たとき俺は君に一目惚れしたんだ。綺麗なクリーム色の髪に、クールな印象を与える目元、そして完璧な体のプロポーション、全部が俺の思い描いていた理想の女と一致していた。あの日から君のことを考えなかった日はないってくらい俺は君のことを愛しているんだ!」
「森下先輩には本条っていう彼女がいるっすよね?ならどうして本条と付き合ってんすか?」
「そんなの決まっているだろう?陽向に近づくためさ。陽向は『氷姫』って言われるくらい男子とは距離を取ることは知っていたからね、どうしようかと考えていた時にいたのが由美の存在さ。部活終わりや廊下で陽向が由美と話しているのはよく目にしていたからね。由美と付き合えば陽向の友人の彼氏として接触する機会が増えると考え、俺は由美と付き合ったんだ。いやぁ~由美が俺たちの部活のマネージャーで良かったよ。部活の先輩っていう立場を使ってちょっと優しくしただけで、思惑通りに俺と付き合ってくれたんだから。それに由美はかなり勝気な性格だから、今回も計画通りに陽向を追い込んでくれてホント助かったよ。渋々付き合っていたけど上手く操られてくれたことだけは由美に感謝しないとね」
「そ、そんな...」
「ひどい...」
亮太の言葉で由美は膝から崩れ落ち、今の状況を理解できていないようであった。
女子グループのメンバーも亮太の言葉に口を動かすことができなくなってしまった。
笑一もこの展開を予想していたとは言え、亮太が想像以上に陽向へ歪んだ愛情を持っていることを知り、その結果起こった由美への仕打ちに思うところがあった。
陽向も亮太から感じられる恐怖心から笑一の袖を掴む力を強くさせたが、気になったことがあるため、ある人物に質問を行った。
「...ど、どうして森下先輩の計画に参加したの、梨沙?写真を先輩の指示で撮ったって言うことは、あなたは今回の計画を知っていたのよね?あなたは由美と同じ部活で一緒にマネージャーをしているし、仲の良い由美を傷付けるようなこんな結果に手を貸すだなんて思えないの」
陽向が梨沙に尋ねると、梨沙は声を荒げて真相を語った。
「...あたしは由美のことが憎かった!」
「えっ...り、梨沙、私を憎んでいるってどういうことなの...?」
「あたしは亮太先輩と中学の頃から知り合いで、同じ学校、同じ部活の先輩後輩だった。先輩が中学を卒業する日、あたしは思い切って先輩に告白したけど、結果は駄目だった...それでも諦めきれなくて先輩と同じ高校に入学して、先輩と同じ部活に入った。でも、部活終わりに先輩が一人の女の子をじっと見ている姿を目にして、あたしは自分の恋を諦めた。ずっと先輩のことを見ていたから分かったんだし、先輩の陽向を見る目には特別な想いがあるってことに。それからは、もし先輩が幸せになれるように手助けできる機会がきたら、全力で応援しようとあたしは胸に誓って身を引いた。そしてある日、先輩に彼女ができたという話を耳にしたし。だけど、その彼女は陽向じゃなくて同じ部活で友だちだと思っていた由美だった。どうしてあたしも同じマネージャーなのに由美の方なの...?あたしの方がもっと先輩のことを知っているのに...って思うと、あたしの中に何かどす黒いモノが溢れてくるような感じがした。そうして少し経つと、先輩から部活終わりに呼び出しを受けて、今回の計画を聞いたんだし。その話を聞いて、由美が陽向と近づくための偽装彼女だと聞いても、あたしの心は晴れなかった。偽装とは言え、あたしがなれなかった先輩の彼女に由美がなっているなんて...って考えるうちに、あたしは由美が憎くて憎くて仕方なくなった。先輩をお手伝いできることに加え、上手くいけば由美を絶望に追い込むことができると思ったあたしはすぐに先輩の手伝いを了承した。後は綾瀬が言った通りのことを先輩の指示でやったし」
「...なるほどな。調べる過程で森下先輩と横井の中学が同じことが分かって、手を貸した理由も予想はしていたが...そういうことだったんだな」
「あ、あぁぁ...」
梨沙からの言葉を聞いた後、由美はとうとう涙を流し、その場に蹲った。
亮太はそんな由美の姿をつまらなさそうな冷たい目で見下ろしている。
そんな亮太の姿を見て、陽向は亮太に声を上げた。
「どんな形であれ、あなたは由美の彼氏だったんでしょう!?それに梨沙の気持ちも利用してこんな酷いこと...」
「あははっ、そう怒らないでよ陽向。もう由美は俺の彼女なんかじゃないしどうでも良いさ。それに梨沙も自分から望んでこの役目を引き受けたんだ、俺の知ったことじゃないよ」
「最低...」
陽向は亮太の異常さが理解できず、笑一の後ろに隠れるように一歩下がった。
陽向と笑一の距離感に不快感を感じさせる鋭い視線を向けた亮太は、笑一に話しかけた。
「今回の計画はね、上手くいくはずだった...あと少しで陽向の心も体も全部俺のモノにできたのに邪魔が入ったんだ。綾瀬くん、君だよ。今回の計画が失敗した以上、また別の手段を考えるか、強引な手段に出るしかなさそうだ」
「先輩はまだここから何かができるとでも思ってるんすか?」
「もちろんさ。今、真実を知ったのはここにいる者しかいないだろう?なら君たちの口封じさえすれば俺がやったことがバレる心配もない...いや...学校一の変人である君や、現在ひとりぼっちの陽向が何を言おうと聞く耳を持つ生徒なんていやしないんだから、そもそも俺が悪くなるなんてことはないね、あははっ!こんな時のために優しい表情を常に貼り付けておいて良かったよ」
自信満々にこの場から言い逃れできると確信している亮太を見て、笑一はニヤリと笑い、最後のカードを切ることにした。
「浮かれてるところ悪いんすけど、森下先輩、今ここで話した内容、全部録画してるっすよ?」
「っ!?」
笑一は部屋の一番後ろに隠しておいたビデオカメラを取りに行き、亮太に近づきながら話を続けた。
「今日の内容を先生たちに、いや海明高校の全生徒に見せたらどうなるっすかね?みんなが先輩の本性や計画を知って、先輩は非難の対象、あるいは退学になるかもしれませんね~。先輩はどうなると思います?」
「そ、それを俺に寄こせぇぇぇぇぇ!!」
笑一は、ビデオカメラを周りに見せることで起こる問題を引き合いに亮太を煽ると、亮太はこのままでは不味いと思ったのか、今日一番の焦りを顔に浮かばせて笑一に襲い掛かろうとした。
そんな笑一は視聴覚室の扉に向かって「今です先生方!」と大きな声を出すと、扉から3人の男性教員が視聴覚室に入ってきて、亮太を取り押さえた。
「ど、どうして先生たちがここに!?」
「あー、それは先輩が強硬手段に及ぶ場合を想定して、俺が先生方に扉の前で待機してもらうように頼んでいたからっすね」
「...つまり、お前はこうなることが最初から分かっていたということか?」
「とうとうお前呼びになったすね。そうですね、こうなることも想定していたって感じです...森下先輩、あんたの胸糞悪い計画のせいで、被害を受けた生徒たちがいる。俺はスマイルとして、学校の生徒の笑顔を曇らせる奴を許すわけにはいかない。あんたには然るべき処罰を受けてもらう」
「...くそがぁぁぁぁぁ!!」
そうして亮太は教員に別室に連れていかれ、由美や梨沙、残りの女子グループのメンバーも関係者として教員の指示で移動した。
由美は心ここにあらずといった様子で、足取りも不安定になっており、対する梨沙は全てを諦めた顔で教員の指示に頷いていた。
部屋には笑一と陽向だけが残っている。
「よしっそれじゃあ俺たちも移動するか」
笑一がそう言うと、陽向は無言で頷き了承を示したため、二人も部屋を出て状況説明に向かった。
移動しながらも、陽向の手は笑一の袖を固く掴んだままだった___。