原因
放課後二人で一緒にクレープを食べた次の日の朝、陽向の態度に変化があった。
いつものように笑一が「おはよう星宮」と陽向に声を掛けると、「...おはよう」と陽向からの返事があったのだ。
通常なら相手にされず無視をされるため、びっくりした様子で笑一が固まっていると、「何驚いた顔してんのよ」と陽向にジト目で言われてしまった。
その後も授業終わりに笑一が話しかけに行くと、陽向はちょっとずつだが話を続けてくれるようになった。
流石にお昼ご飯はまだ一緒には無理だったが、徐々に心を許してくれている気がすると笑一は感じていた。
次の日も朝の挨拶に陽向は反応してくれ、休憩時間には次の授業の内容について二人で会話もした。
帰り際に「それじゃあまた月曜日もよろしくな星宮」と笑一が声を掛けると、「...よろしく」と小さい声ではあるが、陽向は笑一に挨拶を返した。
このまま後は陽向が困っていることを話してくれれば...と思いながらも、焦らずゆっくり仲を深めることでしか陽向が自分の意思で話すことはないだろうなと笑一は予想して、苦笑いを浮かべた。
しかし、週明けの月曜日、笑一は予想外の出来事によって自身の予想が裏切られることになるのだった___。
***
月曜日の朝、いつも通り笑一は自身の教室に向かうと、教室前が普段よりも静かであることに違和感を持った。
扉を開けて中に入ると、顔を俯かせたまま立っている陽向の他に、黒の油性ペンで汚れている陽向の机が目に入った。
これはどういう状況なんだと笑一が考えていると、陽向は何も言わないまま走って教室を出て行ってしまった。
陽向が教室を出ていく瞬間、笑一は少し陽向の目が赤くなっているのをすれ違いざまに目にした。
笑一はひとまず机をどうにかしようと思い、雑巾と消毒液を持って机を綺麗にし始めた。
ペンで書かれた文字などは恐らくほんの少し前に書かれたのだろう、消毒液を使って雑巾で擦るだけで汚れは綺麗に落ちた。
笑一が急に机を拭き始めたことをきっかけに、教室の時間は動き出し、少しずつ生徒の声で騒がしくなっていった。
しかし誰も笑一に手を貸す者はおらず、ほとんどの生徒は面倒事に関わらないように笑一から距離を取っていた。
笑一は生徒の視線の中に自分を快く思っていない視線を感じていたが、今は気付いていないふりをして掃除を続けた。
そうして掃除が終わると、笑一は教室にいる生徒に「俺ちょっと一限目サボるって誰でも良いから先生に言っといてー」と言い、陽向の後を追いかけていくのだった。
陽向を探し始めて10分、笑一は屋上で陽向を発見した。
陽向は屋上の隅で膝を抱えて蹲っており、笑一には気付いていないようだった。
笑一はそんな陽向の元に近づき声を掛けたのだった。
「星宮、大丈夫か?」
「...なんで綾瀬がここにいるのよ」
「そりゃあ星宮が心配だったから来たんよ」
「...私のことは放っておいて」
「よし分かった...で離れるほど俺は物分かりが良くないからな。それにスマイルとして、困っている生徒を見逃すことなんてできないんだ。クレープ食べた日に言ったよな、助けが必要になったら手助けするって。星宮、良かったら俺に星宮の悩みの手助けをさせてくれないか?」
「...綾瀬は私を見捨てないでくれる?」
「当たり前だろ。今から俺はどんなことがあっても星宮の味方だ」
「...あのね、私...」
そこからぽつぽつと陽向は今回の発端となった出来事について話し始めた___。
***
「...ということがあったの」
「そうだったのか...」
陽向の話をまとめるとこうだ。
約3週間前の土曜日のこと、陽向はとある男に訳あって呼び出された。
その男は森下亮太という海明高校3年の男子で、笑一と陽向と同じクラスに在籍し、現在陽向に敵対している女子グループのリーダーである本条由美の彼氏である。
なんでも由美へのプレゼントを何にすれば良いか相談に乗って欲しいと陽向は亮太に言われたらしく、いくら友人の彼氏とは言え、あまり亮太とは話したことはなかったため最初は相談を断ったそうだが、由美のためにどうしてもと言われ、渋々ではあるが陽向はその相談を了承したらしい。
そうして土曜日の昼過ぎ、待ち合わせ場所となっていた喫茶店に陽向は向かい、亮太と話を始めた。
しばらく話していると、陽向は自分の頭がぼんやりとしてきて、急に眠気が襲ってきたらしい。
ぼんやりとしたまま、陽向は亮太に肩を支えられながら喫茶店の外に出て、何分か歩いた。
意識が少しずつはっきりしてくると、陽向は自分のいる場所がホテルの前だということが分かり、訳が分からない状態のまま亮太の腕を振り払い、走って駅まで逃げて帰宅したそうだ。
家に着いてしばらくすると、陽向と由美が所属している女子グループのチャットに、肩を支えられながらホテルの前を亮太と歩いている陽向の画像が添付されていた。
その画像を上げた女子はたまたま近くを歩いていたらしく、気になってカメラを向けたとのこと。
その後、陽向は由美の彼氏を奪おうとした最低女というレッテルを張られ、陽向はグループからハブられるようになった。
その時は、自分は何も知らない、奪おうとなんかしてないと必死に伝えたが、グループに声が届くことはなかったようだ。
そうした状況のまま時間が過ぎ、今に至る。
「私、もうどうすれば良いか分からないのっ!由美たちは話を聞いてくれないし、周りもこの話が噂として伝わっているのか、どこか視線も冷たくて...」
ひとしきり話した後、陽向は静かに涙を流し始めた。
その様子を見た笑一は、陽向の背中をゆっくりと優しく撫でた。
最初はびくっと体を強張らせた陽向だったが、笑一の手を払うことはしなかった。
陽向の涙が少し収まった後、笑一は優しい声で陽向に話しかけた。
「星宮、一人でよく頑張ったな」
「...うん」
「自分は何もしてないのに勝手に悪人呼ばわりされて辛かったよな」
「...うん」
「それに未然だったとはいえ、男に肩を触られてホテル前まで連れていかれて怖かったよな」
「...うん」
「でももう大丈夫。俺が絶対に星宮の悩みを解決してやるから」
「...うんっ」
そうして陽向はまた涙を流し始めたが、泣き止むと笑一の方を向いた。
「私、もうこのままなんて嫌。由美たちが聞いてくれるか分からない、けど私は何も知らない、誤解だってことを由美たちに伝えたい。だから...だから、私を助けてくれる?」
陽向からの言葉を聞いた笑一は、陽向の背中を撫でていた手を陽向の頭に持っていき、陽向の頭を優しく撫でながらふっと笑ってこう答えた___。
「依頼引き受けた。海明高校スマイルが星宮陽向の笑顔を絶対取り戻してみせる」