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クレープ




 次の日の朝、笑一は教室に入ると、昨日と同様にぽつんと自分の席に座っている陽向を目撃した。

 いつも陽向といるメンバーは教室の前の方に固まり、それぞれが陽向を見ながらうっすらと笑みを浮かべている。

 そんな様子を知ってか知らずか、陽向は俯いたままじっとその場で固まっていた。

 笑一はむしろ好都合だと思い、陽向に声を掛けた。


「おっす、星宮おはよう」


「...なに?」


 笑一が声を掛けると一瞬驚いた顔を見せた陽向だったが、すぐに顔を無機質な表情に変え、冷たい返答を返してきた。


「ん?ただ朝の挨拶しただけだけど?今日も張り切っていこうな」


「...ふんっ」


 笑一の挨拶を無視したまま、陽向は席を立ってどこかに行ってしまった。

 昨日の様子から陽向が挨拶を返してくれるとはそもそも思っていなかったので、笑一は気にすることなく、次を考えながら自分の席に着いた。




 その日から授業終わりや朝・放課後など、時間がある時に笑一は陽向に話しかけ続けた。


「星宮、次の授業の予習やった?」

「は?なんであんたに言わなきゃいけないのよ」


「一緒に昼ご飯食べようぜ星宮」

「嫌に決まってるでしょ」


「星宮、放課後って予定空いてる?」

「...私に近づかないでくれるかしら」


 笑一が陽向に話しかけ始めてから一週間と少し経つが、毎日このような感じで進展は見られない。

 校内で腫れ物扱いされている笑一が、校内屈指の高嶺の花である陽向に絡んでいる様子は校内でも徐々に話題になっており、周囲は笑一がまた意味の分からないことをやっていると噂になっている。


 そうして本日もめげずに陽向に話しかけ、冷たく対応された日の放課後、その日は陽向がクラス当番の日であった。

日直はクラス日誌を職員室前に持っていくことと、教室の黒板を綺麗にする仕事が放課後に課せられている。

 笑一は玄関で陽向に帰りの挨拶をすることが最近の日課となっており(いつも無視されている)、今日も帰りの挨拶をして帰ろうと玄関で陽向が来るのを待っていた。

 しばらく待っていると、クラスの女子グループの声が近づいてきたため、笑一は前回のように下駄箱裏に身を潜めた。




「陽向のやつ、今頃びっくりしてるよね~」


「最近の態度も何か腹立つし、自業自得でしょ」


 彼女らが玄関から出ていくのを確認した笑一は、階段を上がって自分のクラスに向かった。

 教室に入ると、意図的に全体をチョークで汚されたであろう黒板を掃除している陽向の姿が目に入った。

 笑一は陽向の後ろ姿を視界に入れた後、陽向の元に向かい、声を掛けた。


「今日の黒板は随分と掃除のやりがいがあるな」


「っ!?...どうしてあんたがここにいるのよ」


「先生との面談が終わって帰ろうとしたら忘れ物に気付いてさ、ちょうど今取りに来たんだ」


「ならとっとと忘れ物を取って帰りなさいよ」


「実は俺、掃除好きでさー、こんなに掃除したくなるような黒板見たら掃除したくなってきちゃって」


「ふぅん...噂通りの変人ね、あんた」


「つーことで、俺も手伝っていいか?」


「誰があんたとなんか...」


「二人でやったらすぐに終わると思うけどなぁ~」


「...はぁ、分かったわよ。ならあんたは右側、私は左側をやるわ」


「ありがとな星宮」




 二人で掃除をしたことですぐに黒板は綺麗になり、後は帰るだけとなった。

 陽向はカバンを持ち上げ、教室から出ようとしている。

 そこで笑一は陽向に声を掛けた。


「星宮も後は帰るだけだろ?なら一緒に帰ら...」


「却下よ」


「まだ何も言ってないだろー。でも、そこをなんとかお願いしたい、学校を出て少し行った所にあるコンビニまでで良いからさ」


「...コンビニまでよ、それと人一人分は近づかないって条件を守ってもらうわ」


「了解した!」




 そして校門を出た後、人一人分の距離を開けながら無言で歩き続けて5分ほどが経った。

 何か話すきっかけはないかなと笑一は陽向の方を向くと、陽向は対向車線側にあるクレープのキッチンカーに目を向けていた。


「星宮はあのクレープ屋が気になるのか?」


「...別に。クラスの女子たちが話しているのを聞いたから見てただけよ」


「その割には食べたそうに見てたけどな」


「はぁ!?食べたいなんて...思ってないし」


「あははっ、星宮って意外と分かりやすいのな。じゃあ、ここ最近いつも話しかけて気悪くさせてるお詫びと言ったらなんだけど、俺からクレープ奢らせてくれ」


「なんであんたなんかに奢ってもらわないといけないのよ」


「でも星宮はクレープ食べたいだろ?俺も食べたいしさ、一緒に食べようぜ」


「...今日だけよ」




 クレープを買った後、すぐ近くに公園があったので、二人でベンチに腰を下ろしクレープを食べ始めた。


「それじゃあ頂きます...うんっ美味しい、チョコバナナはやっぱり安定に美味しいな。星宮も食べてみ、めっちゃ美味しいぜ?」


「そ、そうね...っ!!美味しい」


 陽向はイチゴスペシャルというクレープを注文していたが、お眼鏡にかなう味だったようで、表情にも柔らかさが見て取れる。


「あははっ、星宮ってめっちゃ嬉しそうにクレープ食べるんだな」


「な、なによ!?美味しいんだから別に良いでしょ!?」


「ごめんごめん。ただ、奢ったものをこんなに美味しそうに食べてくれて俺も嬉しいよ」


「...どうしてあんたは私に何度も話しかけてくるの?」


「ん~、星宮が困った顔をしてたからって言うのが理由の一つだな」


「...私は別に困ったことなんてないわ」


「そっか。俺の勘違いだったらそれはそれで良いし、別に何かを聞こうってわけでもないさ。でも、もし助けが必要になったらスマイルとして精一杯手助けさせてもらうぜ」


「助けてもらうことなんてないけど、心には止めておくわ」


「おう。あ、それともう一つ理由があって、それはやっぱり星宮と普通に仲良くなりたかったからだな。学校で有名人のやつと友だちになったら何かおもしろそうじゃん。実際、星宮と話しながらクレープを食べている今は楽しくておもしろいしな」


「...やっぱりあんた変なやつね」


「むしろ褒め言葉だな」


「ふふっ」


「あっ!今星宮笑ったろ!」


「わ、笑ってないわよ!」


「えぇ~ほんとかなぁ~」


「ほんとのほんとよ!全く...」


 そうしてクレープを食べている間、二人はちょっとした雑談に花を咲かせた。







***







「おっ、もうこんな時間か。星宮ごめんな、日直あったのに放課後まで付き合ってもらって」


「クレープの味に免じて今回は許してあげるわ」


「あははっ、ありがとな。それじゃあ俺向こうだし帰るとするわ。そんじゃあまた明日な星宮」


「えぇ、それじゃあね...綾瀬」


「おう!」


 そのまま足を学校方面に向けて帰って行く笑一の背中を見ながら、陽向は「変なやつ...ふふっ」と独り言を呟き、足取りを少しばかり軽くしながら家に向かって歩いていくのだった___。


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