起
この日、友信は腐れ縁である真の自宅へ向かっていた。夏の暑さも和らぐ頃に彼の祖父が亡くなってからというものの、ぱったりと姿を見せなくなり、清々して様子を窺いに来たのだ。
真が友信の許を訪ねるのは、たいてい金を借りるときであった。何かと理屈をつけては、千円から一万円ほどを無心する。営業マンらしく、巧みな口述を使って警備員や事務員を騙し、正々堂々と大学を歩き回っては友信のいる研究室を叩くのだった。
一ヶ月前に立ち寄った際は、まさか本当に彼の祖父が死んだとは思いもしなかった。真は実に七回も、祖父の葬式に顔を出していることになる。当然、友信は頼みを断った。
「半地下アイドルのチケットを運よく手に入れたんだ。転売ヤーから買うより、ずっとお得だぜ」
友信は弱みを握られている。真にはこれが最後だと念を押し、渋々最高額を貸してやった。
今日は生憎の雨降りで足許が悪く、新調したばかりの革靴に泥水が跳ねる始末だ。それでも真との関係を切れないのは、大学時代を陰キャで過ごした友信の唯一の友人だからである。
城下町の名残がある石垣沿いに、〈ファッションラビリンス〉と看板を掲げた真の家があった。閉店セールをやって、少なくとも十年にはなる。傘を畳んで店の入り口をくぐると、店主である真の父親がゴルフバットをスイングさせていた。客は一人もいない。
「おう、トモ。久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰しております……」
友信は頭を下げる。昔と変わらず、店内は湿気臭い。
「お前さん、若いのに准教授なんだって? たまげたねえ」
「はは、たまたまですよ」
「真なら家の裏にいるよ。爺さんの遺品を整理してる」
「ありがとうございます……」
実父が逝き四十九日も過ぎないのに、呑気なものである。友信はまた頭を下げて、店舗裏へ回った。
言葉通り、真は脇の倉庫の中で作業をしていた。箪笥に文机、調度品の数々の他、トイレットペーパーや洗剤などの消耗品に挟まれて痩躯が見え隠れする。友信が声をかけると、彼は手を止めて振り返った。
「なんだ、トモか」
「なんだはないだろう。随分、熱心だな」
友信は真に歩み寄る。友人はタオルを巻いた頭から汗を流し、その額を軍手で拭った。真の父親が遺品の整理と言っていたので、身の回りにある品々は祖父の田舎から持ってきた物なのだろう。
「お爺さん亡くなって、大変だったな」
「なんだよ、そんなこと言いに来たのかよ。金なら、そのうち返すよ」
一度も返ってきた覚えはないが、アイドルのチケットは本当にくれるので、友信は苦情を呑み込んだ。