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9:クズ令嬢、脱走を失敗する。

「逃げましょう……」


 結婚が迫るある日のこと。

 私は、腹を決めました。


 逃げるのです。この部屋――監獄から脱走してしまう。

 ずっと躊躇っていたことでした。両親に迷惑になるからと、やらないつもりでしたけど。


 これ以上ここにいたらいけない。

 スペンサー殿下は私に優しくしてくれます。でも、でも……。


 やっぱり、嫌なんです。


 貴族が政略で結婚することが多いのも知っています。

 でも私は嫌。愛のない結婚は嫌です。


 だって愛のない人と、どうやって愛し合えばいいのでしょう。

 私はクズです。クズだから、スペンサー殿下とは釣り合えない。


 もちろん殿下が本当に立派な王子様とは正直思いません。

 が、仮にも王太子候補だったのです。それなりの教養があり、本来なら私のようなクズを娶る人ではないはずです。


 私は彼と不釣り合いなことを日々思わされ、愛さなくてはという無理な強迫観念に迫られ、もう心が限界でした。

 本当に申し訳ないとは思うのです。私を選んでくださった王子殿下にも、そして両親にも。

 ごめんなさい。でも私、やっぱり無理でした。


 没落子爵の娘は、その身分にふさわしい生き方をするべきです。

 決して、王子妃になる資格などあるわけがありません。私は公爵令嬢と聖女の王子争いを横目にするモブ、それでいいんです。


 殿下が例え私にどのような感情を抱いていても、王子妃になるべき方は他にいるのですから――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夜、城が静まり返っている時を狙って、部屋を抜け出すことにしました。

 本物の監獄とは違って頑丈な檻ではないので、施錠もすぐに解くことができるようでした。


 見張りの方もちょうどうたた寝をしています。こんなので城の警備は大丈夫なんでしょうかと少し心配になるのはさておき。

 この間に私は逃げ出してしまいましょう。行く先はどこかまだ考えていませんが、とにかく脱出するのです。

 城から脱出……どこからがいいでしょう。城の正門はダメでしょうし、裏門から……? しかしそれにしたって、城の門なわけですから、交代しながら見張りは常にいるはずですしね。


 どこか、城の窓のある部屋から飛び出すとかはどうでしょうか?

 私の部屋には小窓しかありませんでしたが、通り抜けられるくらいのサイズの窓があるはず。それを探せば、城の塀に飛び移って逃げ出せるかも知れない――。


 そんなのは、所詮甘い妄想でしかありませんでした。


「ダスティー、どうしたのかな?」


 突然、背後から当たり前のように声が聞こえてきて、私を抱き止めました。

 私は小柄というほどでもありませんが、うちが貧乏ですのであまりがっしりした体型はしていません。脇を抱えられると簡単に持ち上げられてしまいました。


「スペンサー、殿下……?」


「ダメじゃないか、勝手に部屋を出たりしたら。さあ、僕の可愛い可愛いダスティー、一緒に戻ろう」


 金色の髪、灰色の瞳。

 その方は間違いなくスペンサー王子殿下でした。しかしどうしてわざわざ、こんな時間に起きていらっしゃるのですか? そしてどうして私のことを。


「ダスティー、逃がさないよ。僕はずっと(・・・)君のことを見てるんだからね?」


 私は、この脱走劇の全容を知られていたことを知り、愕然としたのでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 脱走に失敗した私。

 スペンサー殿下には昼夜、それこそ見張り以上の真剣さで見張られているに違いありません。想像するだけで寒気がしました。


「誰か……助けに来て……」


 呟いてみます。

 けれど、誰も来てはくださいません。当然です。私へ狂気的な溺愛を向ける殿下の目を忍んで助けに来てくださる方などいないでしょうし、私に助けるだけの価値があるとも思えません。

 道端に落ちているゴミ、それが私なのです。誰も気に留めやしません。


 私はもう、諦めてしまいました。

 逃げ出すこと、自分の心を大事にすることを。


 愛などなくてもいい。とにかく私は王子妃になる道しかない。

 それが誰も、私自身すら望んでいないとしても、殿下のご命令とあらば身を捧げるまで。

 無謀にも逃げようなどと思い立った自分が馬鹿でした。一度運命を受け入れたはずなのに、やはり自分の愛などというもののためにそれを無碍にしようとしたことを心から反省しています。


 私は、スペンサー殿下のもの。

 殿下に愛されながら、この人生を全うするのが宿命に違いありません。


「ねえダスティー、笑っておくれよ」

「ダスティー、嫌なことがあれば何でも言ってね」

「僕はダスティーを愛しているよ」

「ダスティーが悲しいなら僕が励ましてあげる。僕はダスティーの婚約者なんだからね」

「このドレスが似合うと思うんだ。ダスティー、着てごらん」


 殿下の言葉の数々に、ただ身を委ねて。

 私は殿下の人形。心など持たなくていい。こんなクズに心は入らないのです。

 ただ、従順に。ただ、笑顔で。己のできる精一杯で尽くし、並び立つことを恥じないように努力をし、笑顔を絶やさない。


 脱走に失敗したその日から、私はそう決めました。

 だからもう何も辛いことはありません。この小部屋の中で一生を終えたとしても構いません。


「殿下、私、幸せです」


 私が真に慕っている方が別の方でも、私は殿下の妻になる者ですから。

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