7:クズ令嬢、監禁生活を始める。
「話は聞いているよ。無事だったかい?」
スペンサー殿下に声をかけられ、私は硬直しました。
別にやましいことがあるわけではありません。しかし私の屋敷が焼けてしまった原因は元を正せばやはり彼なのですから、笑顔で振り向くだなんてこと、できませんでした。
「は、はい……。執事が庇ってくれましたので」
「へぇ、執事ね。いい従者を持っているようで何よりだ。それでなんだが、子爵邸は僕の小遣いで建て直そうと思う。婚約者の実家なんだ、見捨てるわけにはいかないだろう?」
その言葉を聞いて、驚かずにはいられません。
建て直してくださる? もしも彼の言が本当であれば助かります。
だって平民の家に押し込められたのです。もはやそれは平民と何の変わりもなく、両親は不便をしていました。
命の恩人であるオネルドすらも解雇しなければならないかもという瀬戸際だったのです。屋敷が建て直されるなら……これ以上に嬉しいことはあるでしょうか。
「ほ、本当ですか!? お願いします、直ちに!」
「そうかい、喜んでもらえたようで嬉しいよ。……ただし一つ条件がある」
「――何でしょう?」最高に嫌な予感がしました。
「君をこれ以上僕から離れた場所に居させたくないんだ。君は王城に住んでもらおうと思うが、いいかな?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私が殿下の言葉に逆らえるはずがありませんでした。
確かに、もし子爵邸を建て直したとしてもまた放火される危険があることを考えれば、スペンサー殿下の判断は正しいと言えます。
……ただ心配は多大にありました。
だって、殿下が提案したのは、私の事実上の軟禁……いいえ監禁生活だったのですから。
でも断れるはずもなく。
リーズロッタ様やダコタ様の嫉妬による反撃を考えると怖くて、結局は頷く他ないのです。
これが私の運命。事実上殿下の人形となろうが仕方ない。
どうして私がこんな目に、と何度目になるかわからないため息を漏らしました。
逃げてしまいたい。しかしそうしたら両親が困ることは間違いなく、迷惑をかけるわけにはいきません。
私が頑張るしかないんです。
「殿下、私をお守りください」
「もちろんさ。可愛いダスティーのためなら何だって厭わない」
殿下の灰色の瞳が恐ろしい光を灯していたのは……気のせいでしょうか。
殿下がもしこの件がリーズロッタ様の仕業だと知ったら、どう思うでしょう。私がそれを明かしたらどう思うでしょう。
リーズロッタ様は元々被害者なのに……。
やはり言えませんね。私は犯人を見て見ぬふりをしながら、この学園を無事に卒業するのがベスト。
そしてスペンサー殿下の妃となるためにどんな辛いことにも耐え抜くのです!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しかしその覚悟は、バラバラに打ち砕かれます。
朝から晩まで見張られている小さな牢獄――いいえ、お部屋の中で私は呻いていました。
私がうっかり怪しい者に狙われないための配慮という話ですが……、私には逃げ出さないようにするための見張りとしか思えませんでした。
だって、ぎょろぎょろした目で私を睨んで来たりするんですよ? まるで罪人になったかのような心地です。
そしてその他の時間はスペンサー殿下の愛の囁きが延々と続き、学園に行く時も常にエスコート必須。幸い私はしゃべるような友達もおりませんでしたが、何かの際に他の令息や令嬢と話そうとすると殿下がものすごい顔でそれを追い払うのです。
これがヤンデレというものなのか、と私は思いました。
「父や母とも、オネルドとも……。もう会えないのかも知れませんね」
そう考えると少し寂しくなりました。
しかし決して涙など流してはいけません。殿下に無駄な心配をかけ、騒ぎを起こされては大変ですからね。
学園に通っている時は基本はスペンサー殿下と一緒でしたが、彼がほんの少しでも離れた時は令嬢たちの格好の遊び道具。
罵倒や嘲笑を受けます。そのリーダーとなるのはいつもダコタ様でした。
ダコタ様は聖女です。
聖女は神の意志を受け継ぐ者。彼女が「ダスティー子爵令嬢は呪われている」と言いふらすだけで信心深い者は簡単に信じてしまったのです。
そして悪魔の子であるところの私を、本当のクズのように扱いました。
教科書を破ったり、『お清め』と言って腹を下す水を無理矢理飲まされたり、色々。
これがスペンサー殿下にバレなかったのは、私の頑張りのおかげと言えます。
こんなことを公にしてしまっては、子爵家がどうなるのか。私はもはや無言の脅迫を受けていたのです。
そんな中で擦り切れていく心。
私はただの没落貴族の令嬢のはずだったのに。やがてその肩書きを捨て平民になるはずだったのに。
学園が嫌になり、やめてしまいました。
それほどにダコタ様とリーズロッタ様のいじめが酷かったのです。
リーズロッタ様は過激でした。
いつも私を殺す気でした。階段から突き落とされたこともあります。噴水に沈められたこともあります。
……退学してからは城の一室に一日中監禁されていました。
殿下が優しく声をかけてくださいます。キスも存分にくださって、壊れかけの私の心を温めてようとしてくださいます。
けれども私は、彼を愛することは、どうしてもできませんでした。
見た目が嫌いでもありません。
性格が嫌い……というほどでもありません。
愛し、支えなくてはとそう思うのに、心は全くの逆で。
私、本当にクズなのかも知れません。
今まで自分をクズだとは思ってきましたが、心までクズだったとは。
こんなに優しくしていただいているのに。こんなにも愛されているのに。
それに応えられない私はどんなに愚かしく、クズなのでしょう。
リーズロッタ様ならきっと妃としてふさわしくあれた。
ダコタ様ならきっと、その熱愛を捧げることができた。
「なのにこんなクズ令嬢にできることは、何もありません……」
呟き、私は、見張りに気づかれぬよう静かに涙を流しました。
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