6:クズ令嬢、放火されてしまう。
スペンサー王子殿下と婚約をしてから一月ほどが経ったある夜のこと。
私は違和感を感じ、ふと真夜中に目を覚ましました。
「……? 何か変な匂いがしますね」
焦げ臭いような……そんな匂い。
何でしょう? 屋敷の近くで不良どもが焚き火でもしているのでしょうか? それなら直ちに注意しに行かなくてはなりませんが。
最近荒くれ者が多く、屋敷近隣の村でも泥棒などが増えているのだとか。取っ捕まえた方がいいのですが、何しろうちは貧乏なので、退治するためのお金すらないのです。
けれどそれも私が結婚するまでの話。
王太子妃でないにしろ、王族の妃となる以上は当然裕福になるはずです。そうすればこの領地も潤うはず。
つまり私は、金のために売られるんですよね。
と、そんな場合じゃありませんでした。
オネルドに報告しなくては。そう思い、ベッドから身を起こし――。
「――ぁっ」
部屋中が赤い炎で包まれていることに、初めて気づいたのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷は火の海でした。
あちらからもこちらからも火が噴き出し、囂々と燃えています。それはまるで火山のように思えました。
ベッドを取り囲む壁も、地面も、部屋のドアも。
ゆらゆらと揺れる炎は幻想的でしたが、とても熱い。熱くて暑くてたまらないのです。
私はさっぱりわけがわからなくて、身動きが取れませんでした。
どうして我が家がこんなことに? 何かの悪い夢……ですよね?
しかし私はとある可能性に思い至ってしまい、戦慄しました。
もしかして、そんな。
その時、ドアが開きました。
「ダスティー様!」
燃え盛る炎の中、何者かが部屋へ転がり込んで来たのです。
それは執事服を丸焦げにしたオネルドでした。私は声も出ないまま、彼を凝視しました。
「ダスティー様、大丈夫ですかっ」
ガクガクと頷いて見せると、彼はまっすぐ私の方へ。
怯え切って震える私をオネルドがそっと抱き上げました。
「おね……るど?」
「はい。どうやら屋敷が放火されたようです。今すぐ逃げないと、火に取り囲まれてしまう。少々乱暴になってしまいますが、俺の胸の中で大人しくしててくださいよ!」
――父は、母は、どうしているんでしょうか。
それを問いかけようとし、しかしやはり声になりませんでした。問いかけるのが怖かったのです。
言われた通り私は、オネルドにされるがままになりました。
頭は大混乱中でしたが、彼に任せれば大丈夫だと本能が言っていたのです。
オネルドは私を抱いたままで業火の中を駆け抜け、外へ飛び出して行ったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――犯人は王太子妃候補であった人間のいずれかでしょう」
「犯人……火を放ったのは、リーズロッタ様かダコタ様ということですか?」
オネルドは走り続けながら、私に話しかけていました。
未だに両親の姿は見えません。しばらく探していたのですが火の手が回ってきて、あまり時間がないようです。
「俺は元より心配してたんです、何らかの報復があるんじゃないかと。でもご主人様が全然聞いてくれないからこうなるんだ」
「私に言ってくれたらどうにかしましたのに」
我が家が経済的に負けたり、何らかの脅しに晒される危険性は充分にありました。だから一応、国王陛下にはそう言ったことから守っていただくようお願いはしておいたのです。しかしここまでとは、私は考えていませんでした。
もっと用心してば良かった。
しかし後悔先に立たずとはこのことです。
「公爵家が絡んでいたとすると……もうおしまいなのではないでしょうか?」
真夜中に襲撃して来るだなんて。
しかも相手はリーズロッタ様だと思われます。ダコタ様である可能性もありますが、聖女がこんな汚いことをするとは思えませんからね。
とにかく何にせよ、逃げるしかありません。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
時間と炎の戦い。
やっと両親の部屋まで辿り着き、ドアを開けました。するとそこには炎に取り囲まれる父と母の姿があったのです。
部屋には煙が渦巻いていましたが、まだ無事のようでした。
「ダスティーっ」
「今すぐ何とかしてくれ」
……オネルドがいなかったらきっと私たちは全員死んでいたでしょう。
しかし彼のおかげで、両親も業火の海から救い出すことができました。そのまま屋敷の窓から飛び出し、難を逃れることができたのです。
それでも私はただただ怖くて仕方がありませんでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
子爵邸は全焼し、修復不可能。
とりあえずは近隣の村に身を寄せることになりましたが、子爵邸を再建する資金などありません。つまりしばらくは民家で暮らすことになりそうです。
この子爵邸放火事件は、大きく噂されるようになりました。
もちろんのこと公爵家が疑われて捜査されましたが証拠は一切なく、結局「荒くれ者の仕業」として片付けられたのです。
けれど、そんなはずがありません。
だってあの事件が落ち着いてから初めての登校日。
いつの間にか復帰されていたリーズロッタ様が私へ寄って来て、こうおっしゃったのですから。
「あら。聞きましたわよ、お家が放火されたんですって? よくもまああの炎の中で生き残ったものですわね」
彼女は嫌味ったらしい笑顔を浮かべておられました。
それはまるで、いたずらっ子の顔のようで。
オネルドが言った通りで彼女からの復讐劇が始まったのだと知り、私はスペンサー殿下との婚約のことを改めて悔やんだのでした。
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