5:王子殿下、父王に怒られる。
ブルブル、ブルブル。
どうしましょう。国王陛下が戻って来てしまいました。
私とスペンサー殿下が勝手に婚約してしまったことを知ったら陛下はどう思われるのでしょう。
最悪、殿下とまとめて国外追放……とか、ないですよね? ですよね?
考え出すと不安がいっぱいで、震えてしまいます。
私は、容姿も平凡学歴も平凡、そこら辺にいても誰も気づかないのが取り柄のクズ令嬢なのにー! なんでこんなわけわからん事件に巻き込まれなきゃいけないのですかー!
陛下が戻ったと知らせが来たその日、やはり城の使いの方が訪ねて来ました。
「ダスティー様、陛下がお呼びです」
殿下が言い出した婚約とはいえ、それを承認してしまったのは私。
オネルドが言う通り殿下がヤンデレであれば、縁を切ったところで追いかけて来るでしょう。もしかしたら私との婚約が無かったことになったら激昂して私と共に心中とかありませんよね……!?
そんな心配をしながら城へ向かった私。
国王陛下に会う機会なんてなかなかない上、お話をするのはこれで初めてなものですから緊張してしまいます。玉座に腰を下ろす陛下は、なんというか威厳があって強そうな方でした。
「そなたがダスティー子爵令嬢で間違いないな?」
「はい」
広間に立ち尽くす私は、ゆっくりと頷きました。
全身が小刻みに震えるのを感じます。すぐ隣にはスペンサー殿下がおり、それがまた私へ圧をかけてくるのです。
「父上、僕はリーズロッタとの婚約を破棄し、彼女――ダスティーと婚約しました。見てください彼女を。平々凡々としていながら、じっと見つめれば光る小さな花のような可愛らしさ。宝石で着飾った派手な女や、聖なる力を笠に着ている女と比べて大違いです」
派手な女がリーズロッタ様、聖なる力を笠に着た女というのがダコタ様のことに違いありません。
あんなにも美しい方々を侮辱していいものでしょうか……?
殿下の言葉を聞いて、陛下はもちろんのこと激昂なさいました。
「こんな……こんな令嬢と婚約だと!? リーズロッタは様々な観点から見て王妃にふさわしく、だからこそお前に選んでやったのだ。なのにこの醜態。しかも公衆の面前での婚約破棄……! 公爵家からはすでに抗議の手紙が届いておる。慰謝料を払えとのことだ。これを一体どうしてくれる! お前は王家の恥だ」
「ダスティーを恥だと言うのですか!」なぜかスペンサー殿下も憤慨しているようです。「ダスティーを侮辱することだけは許されない!」
他の女性二人、それも公爵令嬢と聖女は侮辱したあなたが言っても……。
しかし私はその言葉を堪えました。だって私は能無しの子爵令嬢でしかなく、しかも彼の婚約者なんですから。
その後、国王陛下とスペンサー殿下の喧嘩とも言える論争は続き、やがて陛下は頭を抱えてしまいました。
それほどスペンサー殿下が頑固だったのです。私の体を胸に抱いて、まるで守るように。
「お前の愚かさはわかった。ではこうしよう。お前は王太子候補から抜けさせ、第二王子を王太子とする。いいな?」
「構いませんとも。元々王太子なんていうのは重荷でしかなかったんだ」
もはやスペンサー殿下がどんな発言をされようと、私は驚かなくなってしまっていました。
まあ、殿下が王太子教育をあまり好ましく思っていなかったのも知っていましたから。……私は王妃にならないで済むとわかり、それだけで非常にホッとしたのです。
怒りを通り越して呆れた顔の陛下は、スペンサー殿下を広間から追い出しました。
私にほんの少し申し訳なさそうな顔をしたのは気のせいだったでしょうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「殿下は良かったのですか、あれで」
「君は王妃じゃないと嫌かい」
「いいえ、そんなわけではありませんが……。いえ、何でもありません」
広間から出て、私はうっかりそんなことを口にしてしまっていました。
途中でやめた言葉の先、それは『リーズロッタ様が可哀想です』でした。
あんなにも才色兼備で、殿下を慕っている女性がいるのに。
殿下を愛してもおらず妃になる器ですらない、そんな私が選ばれてしまった。
きっと王妃になるためにリーズロッタ様は努力に努力を重ねていたはず。なのに……。
「殿下は、どうして私を選んだのですか」
ふと、そう問いかけてみました。
今まではずっと流れに翻弄され続けていて、こんな質問をする暇なかったけれど。
殿下は「う〜ん」と唸ると、こうおっしゃったのです。
「君のことが実は好きだったんだ。控えめで、いつも勉強熱心で、それに僕のことを見つめてくれるその黒い瞳が美しくて……。だから君を選んだ」
「そんな、ことで。――わかりました」
私は作り笑いを浮かべ、そっとその場を立ち去りました。
これ以上殿下と話していられる自信がなかったからです。やはりオネルドの言っていた通り、私は『逃避対象』でしかないのかも知れない。つまり殿下のおもちゃにされたのではないかと思ったからでした。
例えそうではなかったとしても、殿下は私のことなどちっとも考えてくれてはいません。私の本当の望み、気持ち、そういったことはまるで。
けれど、陛下にも渋々ながら認められてしまったのです。
私は殿下の婚約者。殿下を支えていく使命を背負ってしまいました。
不安と、罪悪感と、嫌悪と、苦しみと。
色々な感情がないまぜになって、私は深くため息を漏らしたのでした。
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