3:クズ令嬢、溺愛される。
あのパーティーでの騒ぎはすぐに噂になりました。
父は驚きつつも婚約を了承。国王陛下は今海外出張中で、できるだけ早くに戻って来るそうです。
きっと陛下が不在だから殿下はこのような無茶無謀をされたのでしょうね。
なんとずる賢い……じゃなくて頭のいいスペンサー殿下。
結局国王不在のままにスペンサー王子殿下は公爵令嬢と婚約破棄し、私、ダスティーとの婚約は結ばれました。
リーズロッタ様は気を落として休学することに。
そういえばダコタ様はあれ以来お見かけしませんね。どこへ行ったんでしょう。
そして、例のことを機に私を嫉妬して見下す令嬢が大量発生。それゆえに学園に通うのも一苦労となったのです。
「あら、またあのクズ令嬢よ」
「まぁまぁ、未来の王妃様があんな格好でいいのかしら」
「流行遅れのお洋服ー」
「子爵令嬢ですもんねえ」
「家名は何だったかしら。クズレーノだったかしら?」
「うふふっ」
悪意たっぷりです。
今までは彼女らも、公爵令嬢と聖女の王子争いを指を咥えて見ている立場でした。しかしそれに無関係だった私が選ばれたことから、多大に妬んでいるのです。
はぁ……辛い。
私だって望んで婚約をしたわけではないんですが。
「何をそんなに暗い顔をしているんだい、ダスティー」
「ひ、ひゃい!?」
急に声がしたので変な声を上げてしまったではないですか!
慌てて振り返るとそこには金髪の美少年がおりました。言わずもがなのスペンサー殿下です。
暗い顔をしていたのはあなたのせいですよとは言えません。言ったら死にます。
そう思いながら私が曖昧な笑みを浮かべていると――、
「もしかして……いじめられているのかい? 僕が守ってあげるよ」
まるで天使のような笑顔で、耳元で囁かれてしまったのです。
こんなシチュエーションで胸キュンしない女の子がいるでしょうか。いました。私です。
私は頬を赤くしつつ、しかし彼に全く好感は持っておりません。だって私が困っている元凶が彼なのですからね。
け、決して意地っ張りではありませんよ!? 殿下をお慕いしていないのは本当なんですからね。
でも婚約者となった以上、支えていかなければならないのでしょうけれども。
殿下は私を溺愛しています。
どうしてかはわかりません。お話しした記憶すらありません。でも、こんなクズ令嬢の私を溺愛なさっているのです。
その証拠に今も頭なでなでしています。皆さんが白い目で見ているのでやめてほしいです。子供じゃないですしね。
問題は私と殿下の身分差ですよ。
やはり私は子爵家の娘でしかなく、殿下に口出しできることなど何もないのです。つまり何をされようが、文句は言えない。
……いつかこの方に弄ばれるのではないか。そんな風に不安に思って仕方ありません。
殿下は簡単に婚約者である公爵令嬢を捨てました。
リーズロッタ様はひどく悲しまれていらっしゃるはずです。それを思うと胸が苦しくて仕方ありませんが。
リーズロッタ様のように私もいつか捨てられてしまうかも知れません。
もちろんそのこと自体に問題はないのですが、それまでに好き放題される可能性が高いです。現に彼は私のファーストキスを奪ったのですからね。
今はまるで甘いミルクティーのような溺愛を受けています。
学園にいる間中もできるだけ隣を歩き、手を繋ぎ、ところ構わずキスをする。
向けられる笑顔は眩しく、無邪気な子供のようです。
「ダスティー、このドレスが可愛いよ」と言って殿下がドレスをくださいました。その緑色のドレスを着て見せると、殿下は本当に嬉しそうになさいます。
婚約者の指輪もいただきました。愛の囁きも、たくさん。
「好きだよ」
「愛してる」
「君を傷つける者があったら僕が許さないから」
「その唇は僕のものだよ」
甘い言葉に、しかし私の胸は少しもときめきませんでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「相当なヤンデレですね」
――ある夜のこと。
私の愚痴を聞いて、執事のオネルドがそんなことを言いました。
ヤンデレって何でしょう?
「精神的に病んでいる愛情、ということです」
「そうなんですか? 確かに殿下の私への愛は意味不明ではありますけども」
「ダスティー様は可愛いですからね。まあ、あの王子のことですし公爵令嬢が嫌になって、逃避の対象として婚約者のいないダスティー様を選んだんだと思います」
「まあ。オネルド、罰当たりな口を利くんじゃありません。そういうのは心の声だけに留めなさい」
私とオネルドはくすくすと笑います。
彼は子爵邸の数少ない執事……というかたった一人の使用人です。私が十歳の時からいて、まるで幼馴染のような気やすい関係なのです。
ちなみに彼の年齢は十八。私が十七なので一歳違いですね。
私は狭苦しい日々を、彼に愚痴を吐くことでなんとかやり過ごしていました。
殿下にはこうやって気楽に喋ることもできませんから。
「国王陛下がなんていうかにもよりますが……。もしもダスティー様が嫌なら、俺は別に結婚しないでもいいと思いますよ」
「あらまあ、オネルドったら。私情などで王子殿下の申し出を断れるわけがありません」
オネルドは何か言いたげな顔をしていましたけれど、結局何も言いませんでした。
まあ彼の気持ちはわからないでもないのです。しかし、ここで逃げたら迷惑をかけてしまう。そう思うとやはり私からどうこうできるものではありませんでした。
無責任に駆け落ちなどということができればいいのですが……。
「いけませんいけません。……では、私はこれで」
「ダスティー様、おやすみなさい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私はベッドの中で思います。
スペンサー殿下と結婚するのは半年後。
そうしたら私は王城へ向かうわけですから、この子爵邸とも、家族やオネルドともお別れになってしまうのでしょう。
それはなんとも寂しいことです。
けれど、仕方ないのです。
私は王妃。学力がないのが不安ですが、それでも精一杯努めを果たさねばならないですから。
夢の平民スローライフよ、さようなら。
私は王妃になって王子殿下に尽くしこの一生を終える。例え周りにどれだけ嫉妬されても、この身に余る仕事であっても。
王子殿下を、心から愛することができなくても。
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