予期せぬ来訪者①
翌日の朝食後、昨晩と同じように氷魚といさなが食堂で課題をやっつけていると、チャイムが鳴った。
沢音が応対に出たようで、玄関の方でドアが開く音と話し声がする。
誰が来たのだろうと思っている間に足音が近づいてくる。
「おはよう、いさっちゃん」
食堂に入ってきたのは、とんでもなく格好いい男性だった。
「茉理さん? どうして?」
いさなは驚いたように言う。
茉理という名前はいさなと真白が口にしていたので知っている。見習い時代のいさなの師匠で、真白の保護者だ。
「ちょっとこの辺に用事があってね。いさっちゃんこそ、どうしたの?」
「わたしは――勉強合宿」
「なるほど。とすると、そっちのカレは氷魚くん?」
茉理がこちらに目を向けた。顔の良さに改めて驚く。俳優みたいだ。女性のようなメイクと話し方がよく似合っていて、素敵だった。
「あ……はい。そうです」と氷魚はうなずく。
「やっぱり。真白やいさっちゃんの言っていた通りのイメージね」
「え――?」
どんなふうに言われていたのだろうか。気になるが、なんだか怖くて訊けなかった。
「私は茉理。いさっちゃんの、まあ、姉貴分みたいなものかしら。よろしくね、氷魚くん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
氷魚は立ち上がり、会釈した。
茉理は、不思議な感じがする人だなと思う。
身にまとっている雰囲気が独特で、つかみどころがない。
「茉理さんは、いさなさんの師匠なんですよね。ということは」
氷魚は伺うようにいさなに視線を送る。いさなはうなずいた。
「ええ、協会の構成員よ」
「あら、協会のことも話したの?」
「差し障りのない範囲でね」
「そう。信頼できる協力者がいるのはいいことね」
言って、茉理はやさしく微笑む。
「あの、触れるものすべてを傷つける刃物のようないさっちゃんを知る身としては、嬉しいわ」
「ちょ、ちょっと! 茉理さん!」
珍しく、いさなが慌てたような顔を見せた。
「どういうことですか?」
「出会ったばかりの頃、中学生のいさっちゃんはそれはそれは尖っていてね。おっかない目をしていてわたしに近づくものはみんな斬ってやるぞっていう勢いで――」
「だめ、ストップ! それ以上はやめて!」
「要は思春期で、難しい年頃だったのさ」
姿を見せてテーブルに乗った凍月がいさなの中学時代を総括した。いさなは赤面し、それを隠すようにうなだれる。
「……茉理さん、ことあるごとに恥ずかしい過去を蒸し返す親戚のおばちゃんみたい」
「ふぅん。そういうこと言っちゃうんだ。だったら、こっちにも考えがあるわ。氷魚くん、いいもの見せてあげましょうか」
にんまりと笑い、茉理は取り出した携帯端末を操作する。
「ほら、これ」
「――?」
氷魚は、茉理が差し出した携帯端末をのぞき込んだ。
画面にいさなが写っていた。今より少し幼い。目つきに険があり、こちらをにらむようにしている。
3年前の日付の写真だった。
「なるほど」
今のいさなからは想像もつかない。当時のいさなはだいぶ荒んでいたらしい。
「なにを見せたの!?」
いさなが頭突きをする勢いで割り込んできた。画面を見て「うそ……」と呟く。
「茉理さん、この写真、消したって言ってたじゃない!」
「消すわけないでしょ。いさっちゃんの青春の1ページなんだから」
茉理はひらひらと手を振る。めちゃくちゃ楽しそうだった。
こういう人が師匠だと、色々大変そうだなと思う。でも、面倒見は良さそうだ。
「――氷魚くん」
うなだれたいさなは、低い声で氷魚の名を呼んだ。
「は、はい」
「忘れて」
「――いやでも、どうやったって忘れられないっていうか」
「忘れて」
ひやりと背筋が冷たくなった。刀の切っ先を突き付けられているような錯覚に陥る。
「わ、わかりました。努力します」
「そうしてくれると、ありがたい」
いさなは嘆息し、顔を上げて前髪をくしゃりとかく。
「ふふ。ごめんなさいね。つい嬉しくなっちゃって」
口では謝ったが、茉理には全く悪びれた様子がない。楽しくて仕方がないといった感じだ。
「いいよ、もう」
と、いさなは頬を膨らませる。
気のせいか、茉理と接している時のいさなは少し子どもっぽい。
「と、そうだ。いさっちゃん。紹介したい子が一緒に来てるの。近いうちに会わせたいと思ってたから、ちょうどいいわ」
「紹介?」
「きっと驚くわよ。氷魚くんも、よかったら一緒に紹介させて」
「おれもですか」
「ええ。2人とも、よく知っているはずよ」
氷魚はいさなと顔を見合わせた。
紹介というからにはおそらく初対面なのだろうが、一体誰なのか。知っていると言われても、心当たりはなかった。