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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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僕を合宿に連れてって⑥

 夕食後、入浴を済ませて部屋に戻った氷魚ひおはスポーツバッグから取り出した勉強道具一式を持って一階に下り、食堂に向かう。

 こっそりつまみ食いをするために、ではない。

 勉強するのにちょうどいい高さのテーブルと椅子があるからだ。

 部屋にも机と椅子はあるが、せっかく合宿に来たのだから一緒に勉強しようといさなに誘われたのだった。

 食堂では、すでにいさなが課題に取り組んでいた。まだ乾ききっていない洗い髪がちょっと色っぽくてどきりとする。

 氷魚に気づいたいさなは顏を上げた。

沢音さわねさんの作ってくれたごはん、おいしかったね」

「いきなり飯の話かよ」

 いさなの隣の椅子で丸くなっていた凍月いてづきが薄目を開けた。

「だって、食堂だし」

 いさなは意味がわかるようなわからないようなことを言う。

「確かにおいしかったですね。おれも食べ過ぎました」

 言いながら、氷魚はいさなの向かいに座った。地元の食材を使った心づくしの料理の味は、実際絶品だった。

 いつもは茶碗1杯しかご飯を食べない氷魚だが、箸が止まらずついついおかわりしてしまった。

 ちなみにいさなは3杯食べていた。

「だよね。食べ過ぎるのは仕方ないと思う。わたしもあれくらい料理ができたらいいんだけど」

「そもそも年季の入り方が違うからな。沢音のは百年単位の積み重ねだぞ。下手したら千年近いんじゃねえか」

「気が遠くなるね……」

「そういえば、食材って、日渡さんが自分で買いに行ってるんでしょうか。この辺にお店はないっぽいけど」

 足はどうしているのだろうか。バス停からここまではかなりの距離があったが。

「いや、沢音の行動範囲はこの屋敷周辺だけだ。人との接触は基本的に禁止されてる。食材は協会が手配したやつが定期的に配達に来るのさ。それだって玄関前に置いていくだけで、顔は合わせない」

「監視対象だからですか」

「ああ。縄張りは譲る。その代わりに人前には姿を見せずおとなしくしていろ、ってとこだな」

 なんだそれと思う。

 沢音は昔からある自分の住処を守ろうとしただけなのに。

 行動範囲を制限し、人にも会わせないなんて勝手すぎる。

「それって、人間の都合ですよね」

「俺に怒るなよ」

「あ……すみません、つい」

「氷魚くんの言う通り、人間の都合だよ。人とあやかしの共存は協会の信条だけど、きれいごとだけじゃどうにもならないこともある」

「お金の問題ですか」

「世知辛いけどね」いさなは嘆息する。

「スポンサーの意向にはある程度従わざるを得ない。もちろん、無茶すぎる要求は突っぱねるけど」

「――あれ、そうすると、いさなさんはともかく、おれが日渡さんに会うのはいいんですか?」

「基本的に禁止、だからね。協会所属の一部の人間やあやかし、協力者はお目こぼしだよ」

「そうなんですね……」

 ということは、それ以外の人間はやはり沢音に会うのは難しいようだ。

 幼い頃の自分が沢音と出会えたのは本当に偶然だったらしい。

 キャンプに来なければ、そして迷子にならなければ、沢音との出会いはなかった。

 そう考えると、不思議な縁を感じる。

 人ならざる者との出会いを、すでに自分は幼い頃にしていたのだ。

「ねえ。男性って、やっぱり沢音さんみたいに美人で料理上手な女性が好みなの?」

 いさなは、ふと思いついたように訊いてきた。

「どうしたんですか、突然」

「別に。ちょっと気になっただけ」

 深い意味はないのだろうか。

「そうですね。男なら――と、これは決めつけになるかもだけど、多くの人が好意を持つんじゃないかな」

 容姿で言うのならいさなは沢音に決して負けてない、と思っても口にはできない。

「そうだよね。同性のわたしから見ても魅力的だもの。――氷魚くんは?」

 問われて氷魚は考え込む。

「――きれいだとは思います。ただ、内面をよく知らないので、なんとも」

「沢音は一見おとなしそうだが、キレたら手が付けられんタイプだ。いさなと同じだな」

 凍月が横から口を挟んだ。

「なるほど」

「氷魚くん。今のなるほどって、どういう意味?」

 いさなが鋭い視線を向けてくる。

「あ、いや、深い意味はありません。ただの相槌です」

「ほんとに?」

「本当ですとも」

 いさなは怒ると怖い。ゆえにこぼれ出た相槌だというのは伏せるに越したことはなかった。

「……まあ、頭に血が上ると周りが見えなくなるっていう自覚はあるけど」

 言われて氷魚が真っ先に思い浮かべたのが猿夢の中のいさなだった。

 氷魚が刺された時のいさなは鬼気迫るものがあった。あれだけ怒っているいさなを見たのは後にも先にもあの時だけだ。いさなは自分よりも他者が傷つくのが許せない性分なのかもしれない。

「――と、おしゃべりはこの辺にして、勉強しようか。本来の目的だし」

 いさなは気を取り直したように言う。

「そうですね」

 うなずいて、氷魚はノートを開いた。

 シャーペンを握ってから、ようやく思い至る。

 せっかくだから、好みを訊かれた時に、いさなの好みのタイプも訊けばよかった。


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