僕を合宿に連れてって⑤
「『俺がどうにかするから、矛を収めてくれないか』とあやつは言って、実際にどうにかしてみせた。開発の一部は中止になり、わしはこの家をあてがわれたというわけだ」
「この辺りはカトレアが所持している土地だったの。だからこの別荘もあった。で、工場を建てる予定だったんだけど、おじいさまが働きかけて、恵淵は残すということで手打ちになった。近くのキャンプ場はすり合わせの産物ね。最大限自然を残したレジャー施設ってわけ」
「いさなさんのおじいさんって、立派な人だったんですね」
氷魚が言うと、凍月はふっと笑った。
「どうかな。いい女と見れば、人妖問わず口説きまくってたナンパ野郎が立派かどうかは怪しいもんだぜ」
「え、嘘」
初耳だったのか、いさなは驚いたように目を見開く。
「嘘なもんか。だよな、沢音」
「そうだな。あやつは情熱的だった」
凍月に同意を求められた沢音は意味深な笑みを浮かべた。
「……知りたくなかった。あのおじいさまが」
「男なんて大体そんなもんだよ。なあ小僧」
「なんでそこでおれに振るんですか」
とんでもないキラーパスだ。いさなが冷気のこもった視線をよこす。
「そうなの? 氷魚くんも?」
「え、いや、どうでしょうね」
肯定も否定もできない。氷魚は曖昧に濁そうと試みる。
「さっき、沢音さんに見とれてたよね」
しかしいさなは追及を緩めず、犯人に決定的証拠を突きつける探偵のように言い放った。
「ぅ……。はい、見とれてました」
氷魚はうなだれた。
認めるしかなかった。紛れもない事実だった。
だって仕方がないではないか。沢音に見とれるなという方が無理だ。
「まあそう責めるでない。――いさな、おぬしの祖父は、決して不誠実ではなかったぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、この屋敷が何よりの証拠よ。わしを退治してしまえと言う声も強かったらしいが、あやつはそれらをはねのけた。自分が監視するからとな。何かあったら責任は全部自分取るとまで言ったそうだ。まったく、わざわざ面倒を背負い込まずとも、わしを斬り捨ててしまった方が楽だったろうに」
「もしかして、おじいさまが時々1人でどこかに出かけていたのは――」
「全部ではないだろうが、ここに来ていたのもあったはずだ。色々聞かせてもらっているぞ。いさな、おぬしのこともな」
「わたしの?」
「そうだ。次の影無は彰也かいさなだろうと言っておった」
「そんな素振り、おじいさまはちっとも見せてなかった……」
いさなは、どこか放心したように呟く。
自分は本家の子という理由だけで稽古をつけてもらっていたと思っていたいさなにとって、沢音の言葉は青天の霹靂だったに違いない。
いさなの祖父と凍月は、きっといさなの資質を見抜いていたのだろう。それが何なのか氷魚にはわからないが、能力とか才能とかではなく、もっと別のものだとは思う。
「経緯はどうあれ、今の影無はおぬしだ。引き続き、わしの監視を頼むぞ」
柔らかく微笑んで、沢音はいさなの肩に手を置いた。いさなは表情を引き締めてうなずく。
「――はい。謹んで」




